
サ・ヨ・ナ・ラ・セ・カ・イ──
新たな地平へと向かう軽やかな助走と第二章への序奏
ゲンドウ(ex.COWPERS)、HERA(200MPH)、中尾憲太郎(ex.NUMBER GIRL)という日本のオルタナティヴ・シーンの精鋭から成るスーパー・バンド、SPIRAL CHORDが3年振りに発表するオリジナル作品『サ・ヨ・ナ・ラ・セ・カ・イ』は、ミニ・アルバムという形態ながらも長らく待たされた甲斐のある渾身の力作である。処女作『脳内フリクション』で聴かれたふてぶてしいまでに音圧を掛けて歪みに歪みまくった音像から一転、肉感的なダイナミズムと躍動に溢れたグルーヴはそのままに、より研ぎ澄まされた鋭利な轟音と有機的なアンサンブルの妙を心ゆくまで堪能できるのが本作の大きな特徴と言える。そして注目すべきは、不協和音のコードと共に振り絞られるゲンドウの直情的な歌声と、聴き手の心を鷲掴みにする得も言われぬ美しい旋律がスケール・アップしたこと。本作に収められた6つの楽曲からバンドの確かな進化の証が見て取れるはずだ。レゲエのリズムを大胆に採り入れた「spiral double」というゲンドウ曰く“日本で世界一”な曲を聴いただけでも、SPIRAL CHORDがエモーショナル・ハードコアという狭義な世界から軽やかに脱却しようとしているのが判るだろう。彼らが世界に比類するエモーショナル・ハードコア・バンドであることは言を待たないが、そんな自らの出自を一度拒絶することで新しい世界に飛び込んでいこうとしているように僕には思える。彼らは柳に風とばかりに受け流すだろうが、『サ・ヨ・ナ・ラ・セ・カ・イ』には新たな地平へ旅立とうとする強靱な意思と覚悟が漲っているのだ。(interview:椎名宗之)
疲れないで聴けるものを作りたかった
──『脳爆旅団 -Brainburst Brigade-』(2006年8月)というDVD作品のリリースが間にあったにせよ、オリジナル・フル・アルバムの発表は実に3年振りとなるわけですが…。
中尾:その辺はまぁ、レーベルの都合がいろいろありましたからね。
ゲンドウ:オトナの事情ですね、そこは。オトナの事情に巻き込まれた(笑)。
──今回はゲンドウさんのプライヴェート・レーベル“ink-drive”からのリリースではないんですね。
ゲンドウ:最初は“ink-drive”から出そうと思ってたんだけど、そこへ「ウチから出さないか?」っていうステキなお誘いが舞い込んできて。で、オトナの事情で前作から丸3年経ってしまったという。
──でも、SPIRAL CHORDの場合は闇雲にリリースをするのではなく、まず新曲をライヴで試して、ちゃんと練り上げてから作品として形にするストイックなイメージがあるから、必要不可欠な3年間だった気もしますけどね。
HERA:まぁ、そういう感じでもないんだけど。
ゲンドウ:この3人が顔を合わせる時間も限られているんで、チャンスがあればいつでも出そうっていう感じではあったんだけどね。
HERA:なんせそこは、オトナの事情で(笑)。
──本作『サ・ヨ・ナ・ラ・セ・カ・イ』を一聴してまず驚いたのが、随分と音がクリアになったことなんですけれども。これは意図的に?
ゲンドウ:うん、結果的にそうなったね。
──ファースト・アルバムの『脳内フリクション』は音圧と歪みが凄まじいにも程があるし、今改めて聴くと、正直言って1枚通して聴くのがかなり疲れる時があるんですよね(笑)。
中尾:言うなぁ(笑)。でも確かに、そういうのは今回気を付けたところではありますね。
ゲンドウ:そこは気を遣ったよね。疲れないで聴けるものを作ろうっていうのは狙いとしてあった。
HERA:実際、自分達がミックスの作業で何十回と聴いても余り疲れなかったしね、今回は。
中尾:そうは言っても、疲れる部分は間違いなくありますけどね(笑)。
──ファーストのミックスは疲れまくったんでしょうね(笑)。
中尾:あの時はゲンドウさんにやってもらいましたから。
──前作の反省点を踏まえて、本作で改善しようとしたところはありますか。
HERA:そういうのは特にないかな。意図的にやろうとしたことはないね。
──レコーディング環境も結構違ったんですか。
HERA:前回は貸しスタジオに機材を持ち込んで録った。今回はかっちりスタジオに入ってやらせてもらったね。
──札幌在住のゲンドウさんを東京に招いて?
HERA:今回はね。前回はまだ俺が札幌にいたから、憲太郎を呼んで札幌で録ったけど。
──ゲンドウさんが東京にいられる期間も限られていただろうし、合理的にレコーディングを進めていかなければならなかったんじゃないですか。
ゲンドウ:そうだね。日数的にはかなりタイトな状況だったよ。録りは確か4日だったかな。
中尾:もう1日増えましたよ。
HERA:4+1日。
ゲンドウ:で、録りながらミックスもやって。
全曲アレンジを一新して臨んだレコーディング
──ライヴではすでに馴染み深い曲もあるし、アレンジはそれほど手間取らなかったのでは?
ゲンドウ:いやいや、全然。プリプロはちゃんとやったんだけど、いざ俺が東京へ来てスタジオに乗り込んだら、「アレンジを変えたいんだよね」ってこの2人が突然言い出して。“は!? 4日しかねぇだろうよ?”って思ったよ。だからアレンジはほぼ全曲ガラッと変わった。録りながらアレンジを考えたりもしたし。
中尾:変わってない曲はひとつもないですね。「sterotype」はイントロが付いたし、「!!!!」もドラムが変わったし。
HERA:「hyper nerves」は何が変わったっけ?
ゲンドウ:まるっきり変わったよ。メインのギターが差し替わった。
──随分と大胆なことをしましたね。
ゲンドウ:そうだね。全部、憲太郎のせいだよ(笑)。
HERA:今回は憲太郎がプロデューサーなんで。
中尾:うーん……(と、困った表情をする)。
──前作はゲンドウさんがイニシアティヴを取って制作が進められていましたよね。
ゲンドウ:まぁ、俺ともう1人、宅録をやってる友達とのタッグでやったんだけど。今回は完全に憲太郎に任せた。
──中尾プロデューサーの手腕は如何でしたか。
中尾:あの、プロデューサーって呼ぶの、やめてくれませんか?(笑)
ゲンドウ:プロデューサーは、それはもう厳しかったですよ。
中尾:(小声で)そんなことないですよ……。
ゲンドウ:「もっと違うギターを弾いて欲しいんですよねぇ」みたいな。
中尾:そこはもう、おだてながら、こう……ね。
──HERAさんに対してはどんなことを?
中尾:何も言ってないですよね? リズムを録る時は一緒なので、別に、ねぇ?
HERA:後でバッサリ切る感じ。夜中にウトウトしてたら、音がなくなってたことがあったから。
──それ、どういうことですか?(笑)
HERA:Aメロの部分のドラムがなくなってた。意図的に消されてた(笑)。
──プロデューサーが実力行使に出たわけですね。
HERA:そうそう、「この部分は要らねぇか?」っていう。
中尾:いやいや、「HERAさん、すいません」って低姿勢に出て、「このドラム、ちょっとバッサリ切ってみていいですか?」って伺いを立てたんですよ。
HERA:こっちは次にどこを削られるんだろうと思ってビクビクしてたよ(笑)。まぁ、結果的に良くなるんであれば全然いいんだけどね。
──憲太郎さんが主導権を握った割には、音が整然としていますよね。もっとジャンクな音質になりそうなものなのに。
HERA:ああ、そういうイメージはあるかもね。ジャンク中尾ですから。
ゲンドウ:いやでも、憲太郎は凄く綺麗好きだよ?
中尾:部屋は汚いですけどね。
ゲンドウ:部屋と格好は汚いけどね(笑)。
HERA:でも確かに、無闇に音を詰め込み過ぎないようにはしたかな。
ゲンドウ:憲太郎は、音に関しては凄く整理したがるよ。俺もそこは意外な一面を見た気がするけど。
「spiral double」は日本で世界一だと思う
──COWPERS時代を含めて、ゲンドウさんのギターがこれほどクリアに聴こえる音源って初めてなんじゃないですかね。
ゲンドウ:ああ、どうだろう。まぁ、前作がああだったから余計にそう感じるのかもしれないね。
中尾:でも、ゲンドウさんのギターを聴かせたい、鳴らしたいっていうのはありましたよ。
──ギターの音がいつになくクリアなのは、ゲンドウさんがギターをリッケンバッカーに変えたことも多少関係しているのかなと思ったんですが。
ゲンドウ:どうだろうね。よく鳴るギターだし、コード感も綺麗に出るからね。
中尾:今回のアルバムには相性のいいギターだとは思いますけどね。
──前作で言えば「NEW TRUTH」のように、胸の奥底をギュッと締め付けられるようなメロディが個人的には最もグッとくるところなんですが、全体的にその精度が上がっている気がするんですよ。特に3曲目の「hyper nerves」は感情を鷲掴みにされるような“ゲンドウ節”炸裂で、思わず小躍りしたくなったんですけど(笑)。
中尾:ああ、判りますよ。そこは僕も出したいと思ってたので。
ゲンドウ:ああいうポジパンって言うか、シューゲイザーな部分?
中尾:あ、そうでしたね。ゲンドウさんの持つポジパンっぽいところを出したかったと言うか、これを録ってる時に僕もポジパンをよく聴いてたんですよ。
ゲンドウ:ああ、そうなんだ?
──じゃあ、本作の裏テーマはポジパンですか?(笑)
中尾:正直、それはちょっとあります。スージー&ザ・バンシーズにまたハマって聴いてたりしてたんで。「hyper nerves」にはもっとコーラスとかフレーズを付けたかったんですけど、アレンジが変わってボツになりました(笑)。
──ボツにしたアイディアも結構あるんですか。
ゲンドウ:プリプロの音像からはまるで変わっちゃったからね。でも、そこからいい方向に構築していけたから。これぞスタジオ・マジックって言うか、スタジオの中でしか生まれ得ない発想が凝縮されてると思うし。
──4曲目の「spiral double」はレゲエのリズムを採り入れた異色作ですね。この手の曲がこんなに似合うバンドだとは思いませんでしたけど。
ゲンドウ:ありがとうございます。日本で世界一だと思うよ。
中尾:何ですか、その表現(笑)。
──まぁ、日本一は世界一ですから(笑)。この曲は誰の発想だったんですか?
ゲンドウ:レゲエっぽい曲は俺がずっとやりたいって言ってたんだよね。きっかけとなったのは、ライヴで俺がチューニングしてる間に2人がアドリブでダブっぽい音を出してたこと。それで閃いて、リハスタに入って音合わせをしたんじゃないかな。それを元に俺がデモ・テープを作った。
──スリッツの来日公演を観て感化された部分もあったのかなと思ったんですけどね。
HERA:エイドリアン・シャーウッドも一緒に来たライヴでしょ? 俺はあれ、行けなかったんだよね。
中尾:スリッツが来た時は、もうレコーディングが終わってたんですよ。『WOMAN IN PUNK ROCK』っていうDVDは見てましたけど。スージー&ザ・バンシーズも入ってるし。
自分のちっぽけな世界観を拒絶することから何かを始める
──「sterotype」という曲のタイトルは、文字通り紋切り型の曲という自虐的な意味が込められているんですか。
ゲンドウ:紋切り型かなぁ(笑)、俺達なりのフックは効いてると思うけど。F.I.Xっていう俺とHERAがやってたSPIRALCHORDの前身バンドがあって、そのセルフ・カヴァーって言うか。
HERA:SPIRAL CHORDでやったらどうなるかなと思ってね。自分で言うのも何だけど幻のバンドだったので、持ち曲が3曲と作りかけの1曲しかなかったんだよ。「sterotype」はその中の貴重な1曲(笑)。オリジナルはもっとテンポが遅いんだけど。
──最後の「!!!!」はゲンドウさんがひたすら“エクスクラメーション”と連呼するユニークな曲ですね。緩急の付いたアレンジで、もちろん文句なしに格好いいんですけど。
HERA:アイディアは俺と憲太郎で考えた。『脳爆旅団 -Brainburst Brigade-』のエンドロールの曲なんだけど。
中尾:2人でテンポの遅い曲をセッションして、シェルターの西村(仁志)がカメラを回してたやつですね。
HERA:その曲をちょっと広げた感じだね。
──1曲目の「distance to substance」って、確かツアーのタイトルでしたよね。
ゲンドウ:そう。Nahtと回った時のツアー。そのツアー中に書いた曲で、見切り発車でそのツアーでもやり始めた。タイトルとサビのリフレインを考えてた時に、これが一番しっくりきたんだよ。元はと言えば俺が付けたツアー・タイトルなんだけどね。奪還成功(笑)。
──『サ・ヨ・ナ・ラ・セ・カ・イ』というアルバム・タイトルは、MOGA THE \5の『ハ・ル・カ・カ・ナ・タ・』に対するSPIRAL CHORDからの回答なんでしょうか?(笑)
HERA:深読みし過ぎだよ(笑)。
ゲンドウ:俺も実は後から気が付いた(笑)。もちろん何の関連性もないよ。家のレコード棚にあった『ハ・ル・カ・カ・ナ・タ・』を偶然見た時に“あッ!”って驚いた(笑)。タイトルに特に明確な意味はない。意味深にしておきたかっただけで。このタイトルからいろんなことを想像して欲しいけど。
──写真家・森山大道の作品で『写真よさようなら』という写真集があるんです。それは、写真という概念や社会という幻想を捨て去ってしまえというテーマの下に編まれたものなんですよ。彼にとって表現の術である写真を意図的に堕胎することで、新しい世界と出会うと言うか。
ゲンドウ:それと発想は近いと思う。自分の持ってるちっぽけな世界観を拒絶することから何かを始めるって言うか、そういう自分の内なる部分が表れてるんじゃないかな。
──プロデューサーはこのタイトルにも意見するようなことがあったんですか。
中尾:いやいや、言葉の部分に関しては僕は何も口を挟みませんよ。
──歌詞についてあれこれ言ってみたりもせず?
中尾:そんなことしないですよ。紡ぎ出された言葉は大事に扱いますから。プロデューサー云々っていうのも、今回のエンジニアが前に一緒に仕事したことがあるヤツだったので、僕が作業しやすい環境にあったっていうだけなので。
早く次の作品が録りたくて待ちきれない
──ゲンドウさんに伺いたいんですけど、GENDO十DEATH(ゲンドウのソロ・プロジェクト)はどんなきっかけで始めたんですか。
ゲンドウ:120%やらされた感じだよ(笑)。札幌でやってる蛯名(蛯名啓太、Discharming man)の企画ライヴで弾き語りでやってくれって頼まれたのがきっかけで。
──それをシェルターの西村が聞き付けて、東京でも披露されたわけですね。
ゲンドウ:そういう流れ。3月には大阪でもやるんだけどね。
──GENDO十DEATHの活動がSPIRAL CHORDにフィードバックされるようなことはありますか。
ゲンドウ:俺自身はないけど、この2人はあるかもしれない…かな? 判らないけど。まぁ、2人にとっていい刺激になってくれればいいとは思う。
HERA:SPIRAL CHORDでやれないことをやれてるんじゃないかとは思うね。バンド形態ではなく、独りじゃなければできない表現って絶対にあると思うし、それをやれているのは単純に凄いと思うよ。
──ソロになると歌が全面に出るわけだし、その活動を重ねることでSPIRAL CHORDでも唄うことに対してより意識的になるのかなと思ったんですが。
ゲンドウ:うーん、まだそこまででもないかな。憲太郎は俺にもっと唄わせたいらしいけど。
中尾:うん、もっと唄って欲しいですよ。何て言うか、歌にこそゲンドウさんの恥ずかしい部分が隠れてるでしょう? そこをもっと出して欲しいなと思うんですよ。
──同じヴォーカリストならではの発言ですね。
中尾:やめて下さいよ(笑)。
──『サ・ヨ・ナ・ラ・セ・カ・イ』の収録曲はどれも、装飾を解いてメロディだけ取り出しても充分成立する秀逸さがあるじゃないですか。だから、これらの曲をアコースティック・スタイルで演奏したらどうなるんだろうとふと思ったんですけど。
中尾:この3人でアンプラグドを? 必然性が全くないですよ(笑)。GENDO十DEATHのライヴも、アンプラグドではないですもんね?
ゲンドウ:うん。思い切りプラグ・オンだし。
──確かに、HERAさんがジャンベを叩く姿は想像できませんしね。
HERA:さすがにジャンベはやらないよ(笑)。
中尾:HERAさんは前にカフォンを叩いて指を折ったことがありますからね。
HERA:いや、折ってないんだよ。高森(ゆうき)のライヴで何曲か一緒にやったことがあって、叩き方がよく判らなくて叩きまくったら、指の関節の軟骨がガッツリ出ちゃったんだよ(笑)。
──今年、SPIRAL CHORDとしてやってみたいことは何かありますか。
HERA:Rooftopの表紙かな(笑)。
──検討します(笑)。少々気の早い話ですが、今年はもう1枚くらいアルバムを出そうという構想はないですか。
ゲンドウ:あるよ。できれば進みたいし、切り出したい。頭の中ではね(笑)。
中尾:今回は、レコーディングが終わった直後にもう次のを録りたいって全員が思ってましたからね。
HERA:次はフルで行きたいよね。
ゲンドウ:早く録りたいよ。待ちきれない。でもまぁ、頑張り次第かな。オトナの事情がいろいろとあるからね(笑)。
Live Pix:アカセユキ(www.yukk.info)

サ・ヨ・ナ・ラ・セ・カ・イ
CONTRAREDE CTRD-0011,680yen (tax in)
01. distance to substance
02. target
03. hyper nerves
04. spiral double
05. sterotype
06. !!!!
2008.3.05 IN STORES
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Live info.
『サ・ヨ・ナ・ラ・セ・カ・イ』発売記念TOUR
3月25日(火)十三 FANDANGO(with:lostage)
3月26日(水)名古屋 HUCK FIN(with:lostage)
3月28日(金)仙台 BARDLAND(with:lostage)
3月29日(土)下北沢 SHELTER(ONE-MAN
)
4月19日(土)札幌 SPIRITUAL LOUNGE(ONE-MAN)
各会場:前売 ¥2,000/当日 ¥2,500(いずれもDrink別)
SPIRAL CHORD official website
http://www.spiralchord.org/