ソロ・キャリア始動から19年、唄うことのリアルさを追求した真の“よろこびのうた”
BOφWY解散後、常に独自の音楽性を追求してきた“Mr.ダウンピッキング”こと松井常松が、『Bye Bye EXTREMER』以来実に9年振りとなるオリジナル・アルバム『Lullaby of the Moon』を発表した。松井の甘くソフトな歌声を全面的にフィーチュアし、彼の輝かしいキャリアの中で最もパーソナリティが色濃く表出した“真のファースト・アルバム”とも呼べる会心作である。過去に彼が創作してきた多種多様な音楽的スタイルがすべて詰まった集大成的な趣きも感じられるが、注目すべきは無垢で柔らかいその歌声。「世界は光に満ちあふれてる」と強い確信を持ちつつ穏やかに唄う今こそ、松井常松は妙なる“よろこびのうた”を体現することができるだろう。(interview:椎名宗之)
ギターを弾きながら唄う喜びを見いだした
──9年振りのオリジナル・アルバムが遂に完成したわけですが、去年の9月に発表した前作『Nylon nights』は松井さんの中でどんな位置付けの作品だったんでしょうか。
松井:あのアルバムはそれまでのキャリアのベスト的な趣きもあって、その時点で唄いたいものをその時の気分で唄い直してみたいと思って作ったものなんです。去年の6月、鎌倉の歐林洞という所でアコースティック・ギターを弾きながら唄うスタイルで久しぶりにライヴをやったんだけど、そのライヴの感じが凄く良かった。会場の空気感やオーディエンスとの一体感が凄くあったし、ちょっと同窓会みたいな雰囲気もあってね。そのライヴをそのまま作品として発表したかったくらいなんだけど、あいにく録音をしていなかった。だから、同じ形でレコーディングすればいいんだと思ってラフに録ったのが『Nylon nights』だったんですよ。アレンジも深く考えることを敢えてせず、僕がギターを弾きながら唄ったテイクの上にもう一本のギター、パーカッション、サックスとかを重ねたら自然とああいう形になっただけ。
──松井さん=ベースというイメージがどうしても強いので意外なんですが、アコースティック・ギターを抱えて唄うアプローチはずっと試みたいと考えていたんですか。
松井:ライヴでは歌を中心にしたいとずっと思っていましたね。BOφWYからの流れがあるので、みんな当たり前のように僕のことをベーシストとして見るし、ステージでベースを弾かなくちゃいけないという義務感はあったんだけど、それはそれで大変なんですよ(笑)。ベースを弾く時は一職人でありたいと思っているし、ドラムやギターとぴったり寄り添ってなんぼ、みたいなところがある。それは同じ音楽でも歌を唄うのとは程遠いし、ベースを弾く以上は弾いていること自体が楽しくて手一杯という状態でいたいんです。
──ポール・マッカートニーやスティングみたいに、歌を唄いながらベースを弾くというのは?
松井:そういうスタイルにはどうも行けなくてね。ただ、曲を作る時は昔からエレクトリックやナイロン弦のギターを使っていて、ちょっとしたコードくらいは弾けたから、そのままのスタイルでやってみようと思った。とは言え、ストロークしかできないんだけどね。
──松井さんが自ら唄い始めたのはソロ3作目の『月下氷人』('92年10月発表)からですが、当時は唄うことを楽しめていなかった?
松井:今思うとね。その頃に興味があったのはサウンド・アプローチ的な方向でしたね。でも、僕がBOφWYというポップなバンドをやっていたから「ステージに立って欲しい」という要望がひしひしと感じられて、ステージの真ん中に立つためには歌しかないと。そこから自分で歌を唄うというスタンスで曲作りを始めていった。ただし、当時は義務を背負っている感があったし、ベースも弾かなくちゃいけない。もちろん8ビートを期待される。だから、『月下氷人』の頃はまだ制限があった時代でしたよね。
──そんな松井さんが、今のように唄う喜びを感じるようになったきっかけは何だったんですか。
松井:さっき話したように、鎌倉でのライヴで手応えがあったからですね。あと、その前にメジャーから下りたこと。CDをたくさん売らなければいけないメジャーのプレッシャーは凄まじいものだったし、そこにいたのは窮屈なところもあった。事務所もプライヴェート・オフィスになったけど、自分の思ったように音楽を続けていけばいいんだと思えた。それで自分の生活がまわっていき、自分と自分の音楽を聴いてくれるファンとの間にちゃんとコミュニケーションが取れればいいんじゃないかと。そう考えたら凄く気持ちが楽になったんですよ。
──最新作『Lullaby of the Moon』は、そうした現時点での松井さんのありのまま姿が投影された、真のデビュー作とも言えるハンドメイドな作品ですね。
松井:ミックスまで自分で手掛けているからね。“こう聴こえさせたい”という思いが強くあったので、歌の処理も全部自分でやりたかったんですよ。普通ならあんなに深いリヴァーブを全体に掛けないよね。あれを究めていって、クォリティの高いものにするにはまだまだ時間が掛かるだろうけど、現時点では自分が望む音になっている。だから、自分としては今までのどのアルバムよりも好きな一枚なんですよ。もちろん、事が足りていない部分はいっぱいあるけど、それを天秤に掛けた時に、自分のやりたいことができた充実感のほうが凄く大きい。
──9年間ものブランクがあったということは、膨大な曲のストックがあったんじゃないですか。
松井:その時々で録り溜めていた曲がいっぱいありますよ。人のために作っていた曲もあるしね。そのおびただしい数の曲の中から、断片的なアイディアを自分の中で一度消化していった。その流れが凄く重要で、うまく流れさえ組めば全く別のジャンルの曲でもひとつの作品として聴けるものが出来ると思った。アルバムを一枚聴き終えた時に、松井常松というパーソナリティが感じられるものになると確信していたしね。
──二胡をフィーチュアした「きさらぎの望月」、ピアノとハミングから成るインストの「Feel the Energy」、アコースティック・ギターでしっとり聴かせる「Little Star」、ラテンのテイストが色濃い「春雷」など、曲調は思いのほかヴァラエティに富んでいますよね。曲と曲とが有機的に作用し合って、不思議と統一感を感じさせる相乗効果を生んでいる気がします。
松井:僕もそう思う。昔から好んで聴く音楽は節操がなくて、あらゆるジャンルの音楽を貪欲に聴くんですよ。その人の個性が滲み出ている曲が好きだし、自分でもそういう音楽をやりたいと思ってる。ただ、いろんなタイプの曲を並べてみた時にどれも松井常松の曲だと判らないといけないんだけど、そこは独自のひねりみたいなものを意識的に入れてます。曲の成り立ちは色々だけどね。「Little Star」や「Forever」は『Nylon nights』を経たからこそ生まれたシンプルな曲だけど、「きさらぎの望月」は当初インストにするつもりだった。ギターで弾いていたフレーズを試しに唄ってみたらああなったんですよ。歌ものだと思う時はギターで作るし、シンセサイザーから作る時もある。ひとつ恰好いいベースのリフが思い付けば、そこから曲を作っていく。僕は本格的に精通したジャンルやプレイ、作曲方法が何ひとつないんです。要するに、飽きっぽい性格なんですよ(笑)。
有機的なコミュニケーション・ツールとしての「歌」
──確かに、本作を聴くと松井さんの音楽的なルーツは非常に見えにくいですね(笑)。
松井:ルーツはないんだよ。ジャンルレスだから。あるとすればBOφWYだろうね。あれだけ長くひとつのことをやっていたわけだから。特に布袋君(布袋寅泰)から受けた影響はかなりあると思う。コード進行とかに自然と表れている時があるからね。
──BOφWYというバンド自体、ストレートな8ビートからポップの宝石箱をひっくり返したかのような多面的な音楽性までを内包したバンドでしたよね。
松井:そうだね。「わがままジュリエット」みたいなメロウな曲がある一方で、「ON MY BEAT」みたいに荒削りで対極的な曲もあったからね。
──囁くようにソフトな松井さんの歌声が耳に残るサウンド・メイクが施されていますが、唄い込みは何度もされたんですか。
松井:いや、そうでもない。ベースを抱えてライヴ・パフォーマンスをしていた頃は、もっとロックな感じで強く唄いたいと思っていたし、求められていたのもシャウトみたいな唄い方だったと思う。でも、『Nylon nights』を作った後に思ったのは、そうやって強く唄うのは僕の声が活きることではないんだろうな、と。ようやく自分の声をプロデュースできるようになってきたというかね。僕の声に魅力があるとすれば、低音が優しく柔らかく出るところだと思うんですよ。だから今回は自分の声を活かすように作ったし、力まずに唄わないと自分のいいところは出ないんだと思った。要するに、強く唄えないという短所を長所だと認識できるようになったんじゃないかな。短所というのは強力な個性であって、それを長所として引き伸ばしていけばいいだけ。足りない部分は他のものでフォローしていけばいいし、それが結果的に唯一無二のものになる。僕も音程やリズムが取れない部分はまだまだあるんだけど、そこを突き詰めたところで人を感動させるものにはなりにくい。それよりも、自分の中でニュアンスが素直に出たものであれば、音程やピッチが多少ズレていてもOKにしたところがありますね。
──情感に基づいた声の震えに嘘はないし、そうした瞬間を切り取るのがパーソナル・アルバムの醍醐味ですからね。
松井:今できないものを今記録しておいても意味がないしね。でも、ずっと今のままでいるつもりはなくて、もっともっと歌もギターも巧くなりたい。まぁ、この歳で言うことではないかもしれないけど、ギターを弾きながら唄うという今一番面白いことを発見しちゃったから、飽きっぽい僕にしては珍しく向上心があるんですよ(笑)。
──松井さんにとって、唄うことの面白さとはどんなところにありますか。
松井:どうやら僕は、人が大好きみたいなんですよ。意外に思われるかもしれないけど、今のライヴは演奏を全体の2/3だとすると、残りの1/3はトークなんです。そうやって顔の見える空間でみんなとコミュニケーションを取りながら気持ちが高揚していって、最後は凄く満足した表情で会場を後にしてくれるのが純粋に楽しい。オーディエンスが30人であっても、150人でも構わない。つまり僕にとって歌とはコミュニケーション・ツールなんですよ。同じことをベースでやろうとしても無理。だからもっと歌のクォリティを上げて、技術的に自分で甘んじているところを磨いていきたい。そのためにも、今は3日に一度はステージに立ちたい。キャパシティは問わずに、松井常松という人間の中身をどんどん見せていきたいんです。BOφWYを好きな人達はそれはそれでいいし、僕も大好きなバンドだし、あの中での松井常松っていうベーシストは確かに恰好いい。あんなにシンプルで恰好いいプレイをするヤツは今までいなかったしね。それはそれだけど、今の自分がやりたいことは明確に違っている。仮に今やっている形態のライヴを1万人収容のホールでできる日が来たとする。そうなればそれ相応のショーを作る自信が僕にはあるし、そういうのは全部イメージできるからね。
──BOφWY時代の寡黙なイメージが根強くある人達には、トークが1/3を占める今の松井さんのステージを観たら少々面を喰らいそうな気もしますけど(笑)。
松井:確かに最初は面喰らってるけど、帰る時にはみんな大好きになってますよ。そういうふうに自分をオープンにして楽しんでやっているからね。まだ僕のソロ・ライヴを観たことがない人は、是非一度遊びに来て欲しいですね。
──目下、CAPTAIN FUNKこと大江達也さんのプロデュースによる完全インストのベース・アルバムを制作しているそうですね。
松井:もう5曲くらい一緒にやってるんだけど、リリースはまだ未定の状態ですね。布袋君にプロデュースしてもらったGROOVE SYNDICATEというソロ・プロジェクトをやった時に大江君にも2曲くらいお願いしたんだけど、それが面白かったんですよ。あのシンプルなベースとデジタル・ビートの相性が凄く良かった。あれはあれで面白い世界が広がっていきそうだなと思ってね。ベースのリフを50個くらい大江君に渡したんだけど、僕が提供するのはプラモデルのパーツみたいなものかな。いや、プラモデルは完成型が見えてるからそれも違うね。
──プラスティックの断片かもしれませんね。
松井:そうだね。その断片を彼が好きなように組み立てていく発想なんです。いずれちゃんとした形にしたいね。9年間のブランクがあったから、アイディアは豊富にあるんですよ。そのアイディアの数々を早く形にしていきたい。
──解散から20年を経た今もなお、新たなファンを獲得し続けているBOφWYというバンドをどう思いますか。
松井:今の30代半ばから40代の世代の人達には強力な擦り込みになっているよね。“BOφWYと出会って人生が変わった”と言ってくれる人達の存在を忘れちゃいけないと思っています。僕自身、BOφWYに参加していなかったら、今みたいに自由奔放な音楽の作り方はできなかったかもしれない。僕がBOφWYから学んだのは“何をやってもいいんだ”という根拠のない自信、そしてロックとは自由であるべきだという姿勢なんです。だからこそ、この『Lullaby of the Moon』のように多彩な曲が揃った作品を生み出せたんだと思いますね。
Lullaby of the Moon
SOLID SOUNDS SS-003
初回限定ペーパージャケット仕様
3,000yen (tax in)
IN STORES NOW
Live info.
松井常松アコースティックライブ“Lullaby of the Moon”
2007年9月8日(土)AOYAMA 月見ル君想フ
OPEN 18:30 / START 19:00
TICKET: advance-5,500yen (+1DRINK)
【info.】月見ル君想フ:03-5474-8115
松井常松 OFFICIAL WEB SITE
http://www.matsuitsunematsu.com/