ギター バックナンバー

ZEPPET STORE('07年5月号)

ZEPPET STORE

何年経っても色褪せない。
幻の1st.アルバム『Swing,Slide,Sandpit』が遂に再発!

アジアンカンフージェネレーション、サニーデイ・サービスといった優れたバンドを世に送り出してきたレーベル“Under Flower Records”が、6月2日、渋谷クアトロでレーベル発足15周年を記念したイベント“UNDER FLOWER NIGHT”を敢行。それにともない、レーベルの歴史を彩ってきた名盤が次々と再発されることになった。そのなかのひとつが、2005年に解散したZEPPET STOREの1stアルバム『Swing,Slide,Sandpit』。メンバー監修によるリマスタリング、さらにライブ音源、未発表曲などを収録したボーナスCDが付いたこの作品について、ZEPPET STOREの中心人物、木村世治に訊いた。(interview:森 朋之)


恥ずかしい、っていうよりは、「おお! けっこうすげえな」という感じ

──'94年にUnder Flower Recordsからリリースされた1st.アルバム『Swing,Slide,Sandpit』がついに再発。このアルバムは全然手に入らなくて、当時も誰かから録ってもらったカセットで聴いてましたよ。

木村:あ、ホントですか。そう、確かにまったく手に入らなかったみたいですよね。1000枚プレスしたんですけど、たぶん、市場に出てるのは600枚くらいなんですよ。事務所が変わるときに原盤はメンバーが持つことになったんですが、なかなか再プレスのタイミングがなくて。ネットでもかなり高い値段が付いちゃってたんですよね。自分が見たなかでは、23万っていうのもあって、「再発してほしい」っていう声もかなりあったんですけど。で、13年ぶりにやっと出せることになったという。

── いま聴いても、めちゃくちゃカッコいいですよね、このアルバム。

木村:色褪せてないな、っていうのは自分でも感じました。この頃って、技術的には追いついてない部分もあるんですけど、かなり難しいことをやろうとしてたんですよ。このアルバムの楽曲も、構成が複雑だったりするし。それは新たな発見でしたね。こういうことを原点でやってたんだ、っていう…。恥ずかしい、っていうよりは、「おお! けっこうすげえな」っていう感じでしたね。

── マンチェスター・ムーヴメント、シューゲイザーからの影響はありつつも、独自のサウンドがしっかり確立されていて。思ったよりもずっとハードな手触りでした。

木村:うん、ハードなことをやりつつ、メロディだけは崩したくない、っていうのが基本だったから。「全曲、弾き語りできるよ」っていうのをベーシックに持ちつつ、そこから厚い音にしていこうっていう。そこは時間をかけて模索してましたね。他のメンバーがどう思ってたかはわかんないけど、俺は歌い手だから。やっぱり、歌の芯は残したんですよね。

── なるほど。

木村:ただ、(当時の音楽の)影響は受けてるんですよ。特にマイブラ、ライドあたりはすごく好きで、そこに近づきたくて楽曲を作っていた時期もあるので。でも、やっぱり一歩踏み越えたくなるんですよね。ただの猿真似で終わっちゃいけないっていうのは(ZEPPET STORE結成のきっかけとなった)メンバー募集のときのキーワードでもあるので。

── あ、そうなんですか。

木村:ええ。ギターの五味君が同級生といっしょにメンバー募集を出して、そこに俺がハガキを出したのがバンド結成の経緯なんですけど、そのときに書いてあったのが“洋楽の猿真似に終わらない、洋楽志向のバンド”っていうことだったんです。好きなバンドにはスミス、エコバニ、スージー&ザ・バンジーズなんかの名前があって。最初にセッションした曲もね、スミスとエコバニだったんですよ。

── そこからオリジナルなサウンドを構築していった、と。

木村:音作りだったり構成だったり、ポイントポイントでは(当時のUKロックを)参考にしてますけどね。まあ、もともとメンバー全員、好きなものの根っこが違ってたりするんですよ。ギターの五味君はツェッペリンが好きだし、俺はフォークロック−−バーズ、ドノヴァン、ボブ・ディランーーなんかをよく聴いてたし。ドラムのYANAは当時から打ち込みが好きで、最初のレコーディングのときにいきなり「打ち込みでやりたいんだけど」って言い始めたんですよ。バンドを組んでから最初のレコーディングで、ドラマーが打ち込みをやりたいなんて、どういうことだ?って話になったんだけど(笑)。


当時、ZEPPET STOREはどこにも属せなかった

── Under Flowerレーベルとの出会いについても教えてほしいのですが。

木村:最初にコンピを作りたいっていう話があったんですよ。SHELTERかなんかに田中さん(Under Flower代表・田中謙次氏)がライブを観に来てくれて。実は他のバンドが目当てだったらしいんだけど、ウチらを気に入ってくれて、そこでいろいろ話をして。そのときね、サラ・レーベル(87年頃から90年代半ばにかけて活動していた、イギリス・ブリストルのインディーレーベル。良質のギターポップによる7インチ、10インチシングルを数多く送り出した)の話が出たんですよ。「ああいうやり方を目指したい」って田中さんが言ってて、「あ、それはいいですね」って。そのときのコンピにはN.G.(N.G.THREE / ノーザン・ブライト、RON RON CROUの新井仁を中心とした3ピースバンド)もいて。先輩ですよ、彼らは。新井君は僕よりも3つくらい年下ですけど。

── サラ、クリエイションなどのUKインディー・レーベルが盛り上がっていた時期ですよね。

木村:そう。あと、チェリーレッドとかね。ぜんぜん情報がないから、クリエイションの新譜が出たっていったら、そのバンドのことをよく知らなくても買ったりしてて。

── そういうスタイルが少しずつ、日本にも浸透してきて。

木村:瀧見さんがやってたクルーエル・レコードとかね。もちろん、Under Flowerもそのひとつだったわけだし。

── 日本にも新しいムーヴメントが生まれつつある…なんて盛り上がってましたけどね、個人的には。

木村:そうですね…。ただ、ZEPPETはちょっとズレてたんですよ。ズレてたっていうか、どこにも属せない感じがあって。当時はちょうど“渋谷系”がワーッと来そうなときだったんですけど、ウチらはそういうオシャレ感がまったくなかったので。

── そうですか?

木村:ないですね(笑)。まわりにはわりとポップなバンドが多かったし…。クラブはけっこう盛り上がってたと思うんですよ。当時、下北沢にあった“スリッツ”……いや、あのときは“ZOO”っていう名前だったんですけど、そこではマンチェ系もガンガンかかってて、しょっちゅう遊びに行ってたし。それに比べると、ライブハウスってぜんぜん追いついてなかったような気がしますね。ZEPPETもN.G.も、対バンを探すのに苦労してましたから。歌謡ロック的なバンドといっしょにやっても、意味ないでしょ? …あ、でも、N.G.はすごく人気がありましたけどね。新井君のかわいいルックスも手伝って、動員もかなりあったし、新井ギャルっていう言葉も生まれ。

──(笑)新井さん、いまもぜんぜん変わらないですよね。

木村:ねぇ。この前、久々に会ったんだけど、ビックリしましたよ。20代の頃とまったく変わってないじゃん! って。「木村さんも変わってないですよ」なんて言ってたけど、あれはきっと、勝った! って思ってたな(笑)。

── ハハハハハ! すいません、話がズレちゃいました。じゃあ、当時の木村さんとしては、新しいシーンが生まれてるっていう確かな手ごたえはそれほどなく?

木村:Under Flowerと出会ったときは、もしかしたら、何か出来るかもしれない、っていう期待はありましたけどね。結局、ウチらも自主イベントを地味にやるしかなかったし。ただ、『Under Flower Night』っていうイベントはかなり盛り上がってましたけどね。コンスタントに客が入ってたし、目当てのバンドだけじゃなくて、他のバンドも楽しみにしてくれてる雰囲気が伝わってきて。すごく気持ちよくやれてましたよ。


再結成は、最初は乗り気じゃなかった

── 6月2日は15周年のアニバーサリーを記念した『Under Flower Night』が開催されますね。

木村:乗り気じゃなかったんですけどね、最初は。ZEPPET STOREの解散を決めたのが2005年だから、「え、もう再結成?」って思うじゃないですか。ファンに対して、どんなふうに説明すればいいかわからなかったし…。田中さんからイベントの趣旨を説明されてたときも、いやーって感じだったんだけど、あとのふたり(五味、YANA)が「いいんじゃない?」って乗り気だったから、“1st.アルバムのレコーディング当時のメンバー”“『Swing,Slide,Sandpit』以外の曲はやらない”っていう条件付きで承諾したんですよ。N.G.は調子に乗って、何回か(ライブを)やるらしいですが。おまけにリリースするCDには当時のライブ映像も付けちゃうんでしょ? すごいですよね、ウチらは絶対に考えられない。

── それも新井さんらしいですよね。

木村:そうですね。あ、そう、ベースのヤツは最初、音信不通だったんですよ。しょうがないからネットで名前を検索してみたら、ガーデンプレイスのなかにあるIT系の企業で、システムエンジニアの開発部長とかになってたんですよ。企業向けの本まで書いて……えらい人になってて、びっくりしました(笑)。

── 94年の音源を2007年にやるとどうなるか…? 楽しみですよね。

木村:ベースは10年間ほとんど弾いてなかったみたいだから、そこは不安なんですけど(笑)。でも、他の3人はずっと現役だったわけで、腕は確実に上がってるはずなんですよね。だからと言って、妙に上手くなってても、それはそれで違うかなっていう。今日、はじめてリハに入るんですけど、敢えていっさい練習して来なかったんですよ。スタジオで音を出しながら探っていくのがいいかなと。

── このアルバムが現在の木村さんの音楽の原点であることはまちがないわけで。

木村:そうですね。このときのレコーディングで得たノウハウはすごく勉強になってるし、16チャンネルのアナログ機材で、ここまで音を厚くできたっていうのも、なかなかすごいと思うんですよ。あとね、ソングライティングの面でも、このアルバムを作ったことをきっかけにして、飛躍的に上がったんですよね。それまでは作っては壊し、作っては壊しの連続だったから。ZEPPET STOREって結成が89年だから、1st.アルバムまでに5年くらいかかってるんですよ。バンドの名前はあって、ライブもやってて、デモのカセットを撒いたりしてたんだけど、この作品で初めて自分たちの名刺がわりになるようなものが提示できた。そういう意味では、確実に自分の原点ですよね。

── なるほど。

木村:ZEPPET は結局、トータルで16年活動したんですよ。最終的にオリジナルメンバーは俺ひとりになったんだけど、今まで作ってきたアルバムのなかで一番聴いたのは、まちがいなくコレですから。当時はね、バイトしながら音楽活動をやってたんですよ。この2年後には音楽だけで生活できるようになるんだけど、そうすると、少し捉え方が変わってくるんですよね。仕事だと思ってはいなんだけど、どうしてもそういう面が出てくるというか、スケジュールに沿って活動して、「次のシングル候補になるような曲を書け」って言われたりもして。自分のなかでは「全部シングルにしてもいい曲なんだけど…」って思いながらね。でも、このアルバムには、そういうものはみじんもない。

── そうですよね。誰に何を言われるわけでもなく、やりたいからやってるだけで。

木村:そう、ピュア以外の何物でもないっていう。あとね、お客さんもほとんどいない状況だったから、誰かに対して訴える、っていう感覚もなかったんですよ。ひたすら、メンバーと自分に向けて作ってたっていう…そういう意味では、すごく閉じられてるはずなんですよ。でも、やたらと解放に向かっていく力も働いていて。そういうことを含めて、2度と作れない作品であることは間違いないですね。


Swing,Slide,Sandpit

Swing,Slide,Sandpit

FLOWER-086 2,520yen(tax in)
5.16 IN STORES
★amazonで購入する

Live info.

6.02(Sat)渋谷クラブクアトロ
OPEN 17:00 / START 18:00
前売 3,000 yen(税込/整理番号付/ドリンク代別途 500yen必要)
ZEPPET STORE / LOVE LOVE STRAW / N.G.THREE (Special Thanks to Phil Hopper ex.FIVE THIRTY) / SOFT TOUCH
DJ : Katsuji Hiraoka (from N.G.THREE)
and more....
info : CREATIVEMAN PRODUCTIONS 03-3462-6969(www.creativeman.co.jp

UNDER FLOWER OFFICIAL WEB SITE
http://www.under-flower.co.jp/

posted by Rooftop at 15:00 | TrackBack(0) | バックナンバー

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