ギター バックナンバー

wash? ('06年10月号)

wash?

瓦解したパズルと漆黒の闇に差し込んだ希望の曙光

他者との距離から見えてくる至極曖昧な自分自身という存在。
ファースト・アルバム『?』でwash?が提示したそんな人間の根源的なテーマは、昨年発表されたシングル「ナナイロ」「パズル」、そしてセカンド・アルバム『真昼の月は所在なく霞んでる』という三部作において“光”にフォーカスを当てることによってより具現化し、光と影、明と暗、虚と実、有と無、そして希望と絶望を等比に唄うバンドとして更なるスケール・アップを見事に果たした。
特に、三部作の根幹を成す大樹のような楽曲「パズル」を完成させたことは、wash?にとって、いや、日本のロック史においても革新的な事件だったと僕は思う。これは決して大袈裟な話ではない。
彼らはこの9分を超える規格外の大作を生み落としたことで、すでにあらゆる表現形態は出尽くされた感のあるロックの文脈に新たな可能性の息吹をもたらすことに成功したのである。
結成当初からのドラマーの脱退というアクシデントに見舞われながらも、前任者の力量と熱量を遙かに凌駕した長谷川道夫(ex.The Fantastic Designs)というwash?サウンドの再構築を促進させたメンバーを迎え、今年に入りバンドは更なるビルドアップを果たし、構築と破壊を繰り返すwash?という名のスリリングなロック・ドキュメンタリーはいよいよ面白味を増してきた。
その自由奔放な実践の経過報告こそ、遂に届けられた渾身のサード・アルバム『HOWLING』なのである。
限りなくポップでありながらも先鋭的で在り続ける彼らの音楽性は、精力的なライヴ活動を経て制作された本作において一層の高みに達した。
プリミティヴなパンク・ロック、オルタナティヴ、シューゲイザーと、その音の在り方は様々な謳われ方をされると思うが、行き着くところはあくまで最良の詩とメロディにこだわり抜いた丸裸の歌というバンド・スタイルに変わりはない。しかしこの『HOWLING』ではそれに加え、絶望を味わい尽くした者だけが表現し得る限りない生への肯定性に満ちているのだ。
自らを“LOSER”と揶揄する彼らの遠吠え(HOWLING)にもしあなたの感受性がまるで応答しないようならば、いっそのことロックなどもう聴かないほうがいい。日本に生まれ育ち、思春期に欧米の豊饒なロック・ミュージックに刻まれながらも良質な日本語ロックを享受してきた人間ならば、wash?の切実な音楽性に共鳴せずにはいられないだろう。
他のあらゆる音楽とも代替不可なwash?の歌々があなたの五感を侵蝕し、容易に抜くことのできないぶっとい棘が心に突き刺さることを切に願う。  僕はwash?の音楽と出合って以来、その棘と共存して生きている。(interview:椎名宗之)

wash?の動きを一秒たりとも止めたくなかった

──セカンド・アルバム『真昼の月は所在なく霞んでる』はwash?にとって金字塔的作品だったと思うんですけど、あのアルバムを作り終えた後に虚脱感みたいなものはなかったですか? あれだけの大作を完成させた後に次に何処へ向かえばいいのか? というような。

奥村 大(vo, g):セカンドに関しては、作ってる途中で“2枚に分けても良かったかな?”と思うところはあった。でも、セカンドで自分達の力量を全部出し切ったという気持ちはない。オケだけ録って歌を入れてない曲もあったし、今度のアルバムに入ってる「スカーレット・ヨハンソン」がほぼ出来かけてもいたからね。リリース・ツアーのファイナルで、アルバムに入っていない新しい曲を必ず演るのが毎回俺達のテーマでもあるし。ファーストの時は「パズル」を演って、セカンドの時には「スカーレット・ヨハンソン」を演ったり。ただ、曲に向かう精神性みたいな部分では、“このモードはもうそろそろ終わるんだな”っていう気はした。「パズル」が出来た時点で、自分の性格上これよりも暗黒な世界に踏み込めないと思ったし、もしそれより先に行くんだとしたらどこかで嘘が生まれてしまうし、帰って来られなくなって音楽自体をやめてしまうと思った。やっぱり、俺は何処かで自分のことを茶化してるんだよね。まだそこまで自分をちゃんと表現しきれてないけどさ。

──「パズル」という曲が生まれてセカンド・アルバムを作り終えて、今作に至るまでの期間は奥村さんにとって正に暗黒期でしたか?

奥村:そうだね。ただ、wash?というバンドが順調だったから、そこに凄く救われてた。安い常套句だけど、音楽があって本当に良かったとつくづく思ったし…。

──これも安い常套句かもしれませんけど、ロバート・ジョンソンが四辻で悪魔と取引して魂を売り払い、その代わりに神懸かり的なブルースの演奏技術を得たように、「パズル」のような大作が生まれた背景にはそれ相応の精神的代償を奥村さんが払ったと思うんです。だから、『HOWLING』制作に至るまでは放心状態と言うか、抜け殻のような状態になってしまったんじゃないかと素人の発想では思うんですけれど。

奥村:1回だけレコーディングしてすべてが終わり…たとえばそこでバンドが解散したとかならそれも判るんだけど、ライヴもあって同じ歌を何回も唄うわけだよ。バンドにはライヴとレコーディングが両輪としてあって、どちらかと言えば今の俺達はライヴのほうが比重が重いくらいなんだよね。「パズル」は10分もある曲だし、ライヴでやると対バンに悪いからなるべく演らないっていうスタンスだったのに、結局リリース・ツアーでは全会場でやったんだよ(笑)。そうやってライヴで何度も「パズル」の演奏を繰り返すと、曲が本来示していた意味合いや元々の特徴的な部分が変わってくる。これが100%の自分じゃないと思えてくるんだ。その時点で「パズル」の場所に俺はもう居ないんだよね。確かにライヴで唄う度に「パズル」の世界には引き戻されるけど、作品を作り上げるために精神を研ぎ澄ました部分は自分の中で昇華が終わってるかもしれないと何処かで思うんだ。

──ライヴの積み重ねが失意の奥村さんを救った、と?

奥村:うん、そうだね。ホントにライヴがあって良かったと思う。BRAZILIANSIZEと一緒に廻ったツアーが年末に終わって、今年の1月に2度目のワンマンをCLUB251で演った時かな。7年振りの大雪なのに物好きな連中がたくさん集まってくれてね(笑)。あの時点で“「パズル」のモードが底を打ってるんだろうな”と強く感じた。同じ暗闇の中に居ても、矢印が上を向いている感じ、と言うか。「パズル」というのはやっぱり、まだ明日が来ていない歌だから。矢印が下を向いているんだよね。

──そんな希望の曙光が差し込んできた矢先に、今度は結成当初からのドラマー(ウチヤマユウキ)が脱退するというアクシデントに見舞われて。

奥村:ホント神様は俺達を放っておいてくれないって言うかさ(苦笑)。ちょっとくらい腰を落ち着けさせてくれてもいいんじゃないか!? って思ったよ。やっといろんなことが上向きになってきて、ワンマンに向けてみんなの意識がグワーッと高まってるタイミングだったからね。そのワンマンの数日前にウチヤマから呼び出されて、「辞めます」って言われて…あれはホントに参った。ムカつくとか呆れるとか、そんな浅い話じゃないんだよ。悲しさですらない。“ンンッ!?”って、ポカーンとした感じ。その感情に意味なんかなくて、将棋で言えば桂馬(その特異な動き方から用途は多々あるがリスクも大きく、駒の価値が戦法によって著しく変わる)みたいな感じ(笑)。“意味が判らない”っていうのが一番近いのかな。彼がバンドを辞めたいという真意も、時期も、何もかもがよく判らなかった。俺がバンドという集団の中でいつも考えているE^?のは、男の引き際は自分で決めるっていうこと。それだけがルールだと思ってるから、引き留めもせずに「引き際だけは自分で考えてくれ」ってウチヤマには伝えたんだ。

南波政人(vo, g):俺も頭の中は“?”だらけだった。でも、そんな半端な時期に言い出すくらいだから意志も固いんだろうし、俺も敢えて引き留めようとは思わなかったね。wash?の動きを一秒たりとも止めたくなかったから。俺達は休憩が大ッ嫌いだからさ。

奥村:他のみんなはどう出るかな? と思ったんだよ。もう1人くらい「俺も辞める」と言ってきたら、俺はバンドを潰そうと思ってた。そうしたら南波から「来月のライヴどうしよう? 誰か適任のドラマーいる?」って話がすぐにあったから、自分と同じだ、と。

南波:ぶっちゃけて言うと、まこっちゃん(初代ベーシストの河辺 真)が抜けた時も似たような感じだったんだよ。

奥村:そうだね。ファースト・アルバム『?』を出す1年くらい前からそんな話になっていて、一度は「やるよ」と言ってくれたんだけど、レーベルと契約してリリースが具体化した直後になって「やっぱり辞めたい」と言われて。その時もバンドをやるからには高いテンションでやり続けていきたいし、止まりたくはなかったから引き留める気はなかった。そうしたら、いいタイミングでwash?のライヴを毎回観に来ていた岡(啓樹)がベースをやってくれることになって。岡がベーシストだったというのがまずビックリでしょう? 俺の中で岡は“wash?のライヴでヤジを飛ばす面白いヤツ”っていう位置付けだったんだから。岡はジョン・フルシアンテみたいだよ。レッチリの大ファンがバンドに加入しちゃうんだからさ(笑)。

──ウチヤマさんの後を受けた長谷川道夫さんとは、以前から面識があったんですよね。

奥村:うん。道夫はね、ヘンな言い方をすると、俺が独りぼっちになってもう一度音楽を始めようとした時に誘おうと思ってたんだよ。って言うのは、道夫はもうバンドをガツガツやる感じの人じゃないって勝手に思ってたから。実際に会って話したらそういうわけじゃなくて、こっちの意気に快く応えてくれたんだけどね。

──長谷川さんの加入は、wash?サウンドを根底から再構築させるに至った大事件でしたよね。

奥村:そうだね。いいドラマーというのはもちろん前から知っていたけど、道夫がwash?の1/4になった時にどういうふうになるかが最初は判らなかったね。どんなに優れたミュージシャンでも、そのバンドにとっていいかどうかはまた別の問題だから。でも道夫は…見事だった。“説得力”ってこういうことを言うんだな、と思ったからね。

南波:ビビッたよね。一発目のライヴのリハでビビッたもん。まず音が馬鹿デカい(笑)。

奥村:同じドラムだとはとても思えなかったからね。あと、これは経験値の違いかもしれないけど、曲の捉え方のセンスが全然違った。ウチヤマは人間的にもそうだけど、繊細で細かく捉えていくタイプ。道夫も実は凄く繊細な人間なんだけど、繊細すぎる自分をよく知っているから敢えて豪放磊落に振る舞おうとするし、プレイもまた然り。でも、道夫はとにかく嗅覚が鋭いんだよね。「ここでしょ?」っていうポイントは絶対に外さない。

──そういうプレイヤーとしての志向/嗜好は、パートは違えど奥村さんと似ているんでしょうか?

奥村:うん、凄く似てると思う。道夫が叩いてくれるようになって、何よりも歌が楽になったよね。それは声を発することが、って意味じゃなくて、歌に向き合うモードが楽になった。“ああ! 唄える、唄える! うわァッ!”みたいな(笑)。それはもう、大きな発見だったね。要するにね、義務が減ったんだよ。ヴォーカルやギター・ソロを取る人間に義務が多いと、それはただの制約になってしまって曲が生き物じゃなくなってくるんだよね。そのストレスがなくなった。本来の発想やその瞬間の呼吸、そこから見える景色、脳内で爆発してるものとかを素直に追い掛けられるようになったから、今は凄く楽だね。

南波:いいバンドはドラムを見れば判るっていうけど、正にそうだよね。


ノイズが無限に増幅していくような日常

──お2人の中では、長谷川さんが叩けば絶対にいい作品になるという手応えがレコーディング前からありましたか?

奥村:もちろん。だからこそ、ウチヤマがいた時に作りかけてた曲はほとんど捨てた。だって俺はバンドがやりたいんであってさ、もしその捨てた曲が凄くいい曲なら、後になってまた違う形として出て来るだろうしね。

──では、『HOWLING』に収録された曲は今年の3月以降に生まれたものばかり、ということですか?

奥村:ほとんどはね。あとは昔ライヴでやってた曲で、今ひとつしっくりこなくて放っておいたものを“道夫と演ってみたらどうなるんだろう?”と思って何曲か引っ張り出してみたり。「water」と「ライン」はそうだね。

南波:そう、その2曲はまE^?こっちゃんがいた時代の曲だから。知ってる人はもちろん知ってるけど、ほとんど知られていないからね。

奥村:「water」も「ライン」も、南波っぽい繊細な曲なんだけど、繊細な歌をただ繊細に演奏することはしたくなかったんだよ。

──そういうのはwash?にとって一番の禁じ手ですからね。

奥村:うん、正に。ドラムがドカドカ大暴れしているのに、しっかりと繊細にしたかった。それまでずっと曲を寝かせておいたのは、人力のハウスっぽい匂いになってしまうのがどうしてもイヤだったからなんだ。その匂いがあってもいいけど、そういうのが好きなヘタクソなロック・バンドが演ってるようにならなきゃイヤだった。あくまでガサツで、ザラッとした感じじゃないとイヤだったんだよね。

──「パズル」の世界観の先にある希望の光みたいなものを、本作の通底した主題として強く感じますね。

奥村:そう思う。ネガティヴな言葉だからうまく伝えるのが難しいんだけど、現状に対する“諦め”みたいなものは絶対にあったと思う。それがないと前へ進めなかったんだと思うね。まぁ、俺は世界一の負けず嫌いだし、相変わらず凄く諦めの悪い性分なんだけど(笑)、少しは開き直れるようになったって言うか…“開き直り”って言うと凄く構えてる感じがしてイヤなんだけど、ポジティヴな意味なんだよ。手綱を緩めることを覚えた、って言うのかな。

──そんな思いが集約された曲が、アルバムの最後を飾る「LOSER」ですよね。

奥村:そうだね。「パズル」は、諦めなかった人がポキッと折れちゃった歌なんだよ。「LOSER」は「パズル」よりも茶化してる感じはする。「パズル」も間違いなく俺の一部だけど、「LOSER」のほうが本当の自分にもっと近い気がするんだ。ヘヴィな状況でも茶化して笑い飛ばす自分をやっと歌にも投影できるようになった、って言うか。いつも毒づいてるし、ヘンなことを言って笑わせようとするし、本来の俺はもっと皮肉屋だからね。やっぱりね、「パズル」は“いい人”なんだよ(笑)。

──善人のパーセンテージが9割くらい?(笑)

奥村:うん。善人の比率が高かった。曲を書く時にどうしても“いい人”になっちゃうのが悩みなんだけど(笑)、最近はやっと“いい人”だけじゃなくなってきたね。

──「LOSER」はBRAZILIANSIZEとのスプリット・アルバム『THEY'RE NERD #2』にも収められているし、最近のライヴでは必ず要所に披露されていることからも、この曲が今のwash?にとって如何に重要かが窺えますね。

奥村:今のこの4人のテーマ・ソングだからね。

南波:完全に今のwash?そのものだよね。4人の“らしさ”が全部出てるし、詞も凄くいいしね。

──“上昇気流 包めよ僕ら”というコーラスがとりわけ印象的で。

奥村:酷い歌詞だよね(笑)。“上昇気流 包めよ”って、どれだけ他力本願なんだよ! って言うさ(笑)。よくそんな歌詞が思い付いたな、って自分でも思うけど。

──「LOSER」=“負け犬”の歌で、どうにもならない現状に苛立った歌詞なんだけど、どういうわけか後ろ向きな印象はまるで受けないから不思議ですよね。

奥村:そう。何なんだろうね? 希望を唄いながらも、女々しさみたいなものはどうしても拭えないけどね。俺が自己啓発セミナーにでも通って洗脳されない限りは無理だよ(笑)。

──タイトルの『HOWLING』は、その「LOSER」の歌詞にもある“遠吠え”という意味ですよね。

奥村:うん。届いてるのか届いてないのか判らないところで独り叫んでるという意味もあるんだけど、ギターのアンプが起こす“ハウリング”も意味としてそこに重ねてあるんだよ。音が出て、それが自分のところに返って来て、また音として無限に増幅されていく感じ、と言うか。それが恰好良く続けば“フィードバック”と言って芸術になるんだけど、“ハウリング”は不快なものなんだよね。本来は無音のはずだから音が鳴るわけがないんだけど、耳に聴こえないノイズがいっぱい入り込んで勝手に増幅して起こる現象なんだよ。その感じが好きなんだ。そんな毎日だと思ってるんだよ。


レコーディングの魔法を信じるようになった

──長谷川さんの加入によって、曲作りの進め方も変わってきましたか?

奥村:基本的に唄う人間が曲を作ってくるスタンスは変わってないんだけど、前は曲の肝と思うところをもっと細かく指定してた気がする。今回はコード進行だけを持ってスタジオに入ったり、曲の構成は敢えて決めないで始めたりした。「平歌(Aメロ)とサビと大サビがあります。これをどういう順繰りで演ると楽しいか考えましょう」っていうような感じで。

──4106(BRAZILIANSIZE)さんとの対談時に仰っていた、「レコーディングの魔法みたいなものを信じるようになった」という意識の変化ですね。

奥村:そうだね。南波のギターも、こちらから何のヒントも出さE^?ずに録る直前まで「なんか違う!」ってプロデューサーとして偉そうに言い続けてみたり(笑)。

南波:「ハニー」は録る直前まで凄く悩んでねぇ…。大ちゃんも「リハの時にもっと恰好いいの弾いてた!」としか言ってくれないしさ(笑)。「夜の果て」も「water」もリフ先行で、今回は俺が唄う曲が多いんだけど、「ライン」は大ちゃんの曲なんだよね。最初は大ちゃん自身が唄ってたんだよ。凄く恰好いい曲なんだけど、自分で書いた曲じゃないから唄うのが難しくてね。

奥村:「ライン」はギターが恰好いい曲だったから、自分で弾きたいと思ったんだよね。当時、そのギターを弾くと自分じゃ唄えなかったから、「南ちゃん、唄う?」って勧めて。でも、今回のアルバム収録曲で俺が一番ギタリストっぽいと思ってるのは「3years」かな。

──紛うことなき名曲ですよ。涙腺を直撃する情感に溢れたギター・ソロが大きな聴き所ですからね。

奥村:なかなかこの子、いいギター・ソロを弾いてるよね(笑)。俺はやっぱりリフ・メーカーじゃないんだよ。曲にエネルギーを与えて、温度を3度くらいグッと上げるのが一番得意なんだと自分では思ってる。

──変に肩肘張らず、普段の話し声に近い奥村さんのラフな唄い方も曲の情緒を増幅させていますね。

南波:あのヴォーカルは仮歌をそのまま使ったんだよ。

奥村:そう。最後の「LOSER」は違うけど、「3years」から後半はほぼワン・テイクなんだよね。もう一発テイクで、スタジオ・ライヴみたいな感じ。

南波:しかも、道夫がドラムをドカドカ叩いてる横でギターを弾きながら唄っていて、その距離感がまたいいんだよね。ちっちゃいブースの中で唄ってる感じがさ。

奥村:俺は、ホントは全部唄い直そうと思ってたんだけどね。「いいんじゃない?」ってみんなに言われて、家に帰って聴いてみたら自分でも“いいな”と素直に思えたからそのままにした。1回だけトライして演奏し直したんだけど、微妙な呼吸とかが最初のテイクの良さには勝てなかったんだよ。音のクオリティは上がるんだけどね。

──「3years」のギター・ソロも、最初にして最良のテイク?

奥村:うん。俺の場合、何回録っても結果はほとんど同じだから(笑)。音符に表せない音がたくさんあるんだよね。ああいうソロを考える時は何を弾こうとか事前に決めているわけじゃなくて、喩えて言えば通り道…“この道を通って帰ろう”みたいなことを頭に描いてる。“その道の途中にどんな風景が見えるか?”だけを考えてるんだ。途中でインチキしてバスに乗るかもしれない、とかさ(笑)。「3years」は、道夫がホントに凄いドラマーだってことをちゃんと聴かせたかったから、ドラム・イントロにした。あのリズムはデヴィッド・ボウイの「FIVE YEARS」なんだよね。俺達は数を2減らしてタイトルを「3years」にしたけど(笑)。

南波:今回のレコーディングの中で道夫と一番シンクロできたと俺が思ったテイクは、この「3years」の間奏なんだよね。道夫の目の前で弾いて、ヤツのドラムと対峙して…。

奥村:そういうパート間の呼吸みたいなものが引き起こした“何じゃこりゃッ!?”っていう化学反応を体験したのは、南波と岡は今回が初めてだったんじゃないかな。相手の眼を見据えて果たし合いをするかのような、緊張感のあるメンチの切り合いって言うか。


ドラムの凄まじさを絶対値として聴かせたい

──南波さんがヴォーカルを取るナンバーが同じアルバムに3曲(「water」「ライン」「夜の果て」)もあるのは異例ですよね。

南波:うん。今まではアルバム1枚に1曲のペースだったからね。

──『THEY'RE NERD #2』にも南波さんが唄う「三羽の小鳥」があったし、この采配は奥村プロデューサーの慧眼でしょうか?

奥村:まぁ、みんなぼちぼち南波の歌がもっと聴きたいだろうと思ってね。今回は特に、俺が一度全部をゼロにしちゃったから、事前に曲を作る時間が物凄くタイトだったんだよね。およそ1ヶ月程度で、レコーディングできるアレンジまで終えた状態で何曲出せるかっていう勝負だった。南波も何曲か持って来たんだけど、俺はこの世で一番厳しい南波ファンだから、容赦なくボツにしたんだよ(笑)。

南波:もうことごとくボツ(笑)。コテンパンにやられたよね(笑)。

奥村:たとえば「garden」(『?』収録)も、最初に南波が持って来た時はアレンジも全然違ったんだけど、あからさまにいい曲だと判ってたわけ。ちょっと聴いただけで、“あ、これは南ちゃん確信持ってるな”と思ったからね。南波が持って来る曲は、“あ、ここ恰好いい!”と思う箇所を最初に作ってるのが判るんだよ。イントロが凄く良ければ間違いなくイントロから作ってるし、平歌が抜群なら必ず平歌から作ってる。

南波:もう全部お見通しなんだよね(笑)。

奥村:だから、「このBメロ凄くいいから、これを活かすようにもE^?っとサビを良くしよう」とか俺が言うわけ。それを受けてサビを練り直したものを持って来るか、全く違う曲にしちゃうかは南波の判断なんだよ。ただ、今回南波はかなり燃えてたみたいで、どんどん新しい曲を持って来たんだ。

──奥村さんのダメ出しに、南波さんは“なんだコンニャロ!”とは思わないんですか?(笑)

南波:思わなくもないけど(笑)、バンドあってのことだからね。持って行く曲を全部「いいね! 演ろう、演ろう!」って呆気なく認められたら張り合いがないと思うよ。その逆パターンで、俺が大ちゃんに「あの曲恰好いいから演ろうよ!」と言っても、大ちゃんの中ではすでにボツになってる曲もあったりする。

奥村:俺はこのバンドでダメ出しする係で、自分自身の曲にもちゃんとダメ出ししてるんだよ。自分では気に入ってる曲でも、みんなが“ン!?”って怪訝そうな顔をしたらやめようと思うしね。

──“プロデューサー”奥村 大の曲採用基準というのは?

奥村:まず最初は、その曲を聴いて自分が好きかどうか。今回は一晩で20〜30曲くらいネタ出しをして、その中から使えるものを選び出した。その次に、曲を聴かせた時にメンバーがビックリするかどうか。そのためには、たとえば道夫が一番恰好いいと思われる姿で叩いているのを想像してリズムを考えたりする。最終的にこの4人が納得するものなら、もう後は大丈夫なんだよ。

──アルバムの冒頭を飾る「スカーレット・ヨハンソン」は、最近のライヴで聴くとwash?流のポップ・センスが十二分に窺える味わい深い曲なんですけど、一聴すると『?』の「トレモロ」や『真昼の月〜』の「ナナイロ」のように聴き手の心をいきなり鷲掴みにするほどの強烈なインパクトはないですよね。従来の配置の仕方なら、たとえば「water」辺りを1曲目に持って来ると思うんですよ。

奥村:掴みに関してはね、今までは俺がBPM(Beats Per Minute/1分間に刻むビートの数)というものに頼った恐怖が出てたんだよ(苦笑)。でも、今回は全部の曲が出揃った時に1曲目は何でもいいと思ったね。どの曲も凄く自信があったからさ。

南波:俺達のドラムはズルいよ。どの曲を置いてもwash?の世界に引き込めるんだから。

奥村:「スカーレット・ヨハンソン」は、作った時の印象と今の印象が全然違う。“いい曲作ったな”とは思ってたけど、今は“名曲だな”と自分でも思ってるから。最初、自分としてはポップすぎてギザギザが足りないと感じて、アルバムに入れるのもどうしようかと考えてたくらいなんだよ。

南波:でも、今回のは特に凄くいい曲順なんだよなぁ…。

奥村:意外と俺、曲順を考える才能あるよね(笑)。だけど、曲順は今までで一番悩んだよ。みんなの全体のモードがワーッと高まってきて、勢いでガンガン押すのをテンポに頼らないようになったからね。暴走機関車のように暴れまくってブチのめすみたいな、勢いのあるのは元々大好きなんだけど、要するにBPMへの思いが薄れてきたんだよね。逆に、今回はテンポを落とすことをたくさん考えたから。

──ということは、やはり長谷川さんの加入によってwash?の曲作りが抜本的に変化したと言えますね。以前のwash?は素材を執拗にこね回して煮詰めていく進め方だったと思うんですが、今はまるで男の料理のように調味料の加減も目分量、アバウトかつシンプルな豪快さがポイントですよね。

奥村:ホントにそんな感じだよね。その度数は今回のアルバムが一番高いかな。今回は素材の良さをどう引き出すかを凄く考えた。ヴォーカルまで含めてね。道夫の叩き出す音って、真横で聴くととにかくデカくて凄いんだよ。他のドラマーと比較すればそれは一目瞭然なんだけど、それを絶対値として凄いってことをアルバムで聴かせたかったんだ。俺がその場で聴いている、信じられないほどやかましい音にちゃんとしたかった。そこにだけ音作りは物凄く時間を掛けたね。それが果たされたら他のパートも自ずといいバランスになるし、後は俺の歌がどうねじ伏せるかなんだよね。

今日よりも明日のほうがいい日だと思いたい

──今回はBRAZILIANSIZEとのスプリット・アルバムの制作と同時進行で、いつも以上に曲を生み出すプレッシャーが重くのし掛かっていたんじゃないかと思いますが。

奥村:まぁ、今回も色々とあったね。スプリットに入れた「シンクロ」も、もう何回やめようと思ったか判らないし。あの曲には浮遊感みたいなものと、安定してないけど安定してるみたいな感じ、それとNEW ORDERみたいな感じを同居させたかったんだ。DINOSAUR Jr.のように爆音をありのままに放射するバンドと、MY BLOODY VALENTINEのようにスタジオ・ワークを駆使した音像を生み出すバンドが実は同じところを目指してるんだということを、今回はサウンドとして具現化させたかった。「シンクロ」はその象徴的な曲で、特E^?に苦心したよね。

──平たく言えば、J・マスシス meets ケヴィン・シールズを目指した?

奥村:まぁ、「シンクロ」は安直にJにしちゃったんだけどね(笑)。最後まで悩んだんだけど、あの曲はギターを上げないとロックにならない気がしたから。「南波先生、ムチャ弾きお願いします」っていう(笑)。

南波:ワウワウさせすぎだろ! ってくらいワウワウしてるよね(笑)。

──奥村さんにはまずバンドの一員、シンガー・ソングライター的側面、プロデューサーとしての顔と様々な立場がありますが、それぞれの立脚点によってアルバムの押し曲も変わってきますか?

奥村:もちろん変わるよ。プロデューサー能力を一番発揮できたのは「ハニー」かな。単純にギターの弾き語り曲だったものを広げて、音の洪水みたいな音像にできた。それでいてみんなの良さがちゃんと出ている。「スカーレット・ヨハンソン」もそうだね。シンガー・ソングライターとしてのバランスが一番高かったのは「LOSER」だと思う。この曲は何より、自分が一番唄いたいテーマだったからね。ギター弾きとしては「3years」が筆頭。あと、「ハローアイラブユー」は結構デカい。曲書きとしても“こんな曲が書けた!”っていうのが凄く嬉しかった。

──「Stay with me」はどうですか?

奥村:曲の欠片として“いいな”とは思ってたんだけど、1曲に仕上げる自信が今ひとつなかった。“次のアルバムの押し曲になるだろうな”とは漠然と考えてたけど、取りあえず寝かせておくことにしたんだ。それが、「今度のアルバムはこんな曲を録ります」って最初のデモ録りをレーベルの社長(BEATSORECORDS主宰:土屋 浩)に聴かせたら、「“もうワントライ”して欲しいな」って言われて。それは今が悪いという意味じゃなくて、もっとグヘッとした曲が入ってるといいんじゃないか、っていう。俺も今聴けば判るけど、「Stay with me」がないとセカンドからの差が結構凄いんだよ。

──セカンドで言えば「エレベーター」的な曲が欲しかった、ということですか?

奥村:うん。「パズル」でもあったかもしれない。あと、“もうワントライ”って言葉がその時の俺の気分と凄く合って、いい言葉だなと思って。それで「Stay with me」を引っ張り出して、何とかしてみようと家で弾いてたら歌詞も自然と出てきた。アレンジも色々と悩んだけど至ってシンプルにして、途中からみんなが入ってきて大爆発で終わろうと思ったんだ。

南波:それも、最後の1日だったんだよね。

奥村:そう。今日でプリプロは終わり、今日中に曲が上がってないとアルバムに入らないっていう最後の最後の日。他の曲の詰めをしたいのに、全部潰して「Stay with me」に集中したんだよ。

──そういう離れ業をやり遂げるところが、今のwash?のポテンシャルの高さを如実に表していますよね。

奥村:そうだね。まぁ、過去にも「アイスクリーム」(『?』収録)とか、そういう成り立ちの曲はあったんだけどね。でも、結果的にこれだけのアルバムが出来ると、本当に心の底から“これで判らなかったらもういいよ”って思うね。それが「LOSER」で唄っている“諦め”にも繋がるんだけどさ。もちろんこれが自分のやり方のすべてだとは言わないし、この作品の問題点も山ほど痛感してるけど、このアルバムを聴いて「判らない」と言われれば素直に“もういいや”と思える。今度のアルバムは自分でも今までで一番聴き返してるほどの自信作からね。

南波:俺もそう。今回のは異常なくらい一番よく聴いてるよ。不思議なもんでね。

奥村:気が早いけど、俺はもう次のアルバムを出したいと思ってる。“こういう曲をこのメンバーで演ったらきっとうまくいく”とか、具体的なイメージが後から後へどんどん溢れ出てくるから、すぐに曲を作りたい。来年の春くらいまでにはミニ・アルバムを出したいと俺は勝手に思ってるけどね。今バンドが凄くいい状況にあることはみんなが自覚してると思うし、止まってる場合じゃないんだよ、今のwash?は。そうしないと、それでもバンドを気に入って応援してくれてる人達に対して失礼だからね。浅はかな言い方かもしれないけど、やっぱり今日よりも明日のほうがいい日だと思いたいんだと思うよ、単純に。



HOWLING

HOWLING

BEATSORECORDS
EFCN-91008 / 2,500yen (tax in)
IN STORES NOW

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Live info.

wash? HOWLING TOUR
9月27日(水)大阪:十三Fandango
10月6日(金)東京:渋谷O-crest【w/ BRAZILIANSIZE】
10月8日(日)大阪:MINAMIWHEEL
10月26日(木)東京:下北沢251
10月27日(金)宮城:仙台パークスクエアー【w/ BRAZILIANSIZE】
10月29日(日)群馬:前橋DYVER【w/ BRAZILIANSIZE】
11月5日(日)新潟:junk box mini
11月12日(日)兵庫:神戸スタークラブ【w/ BRAZILIANSIZE】
11月18日(土)愛知:名古屋アポロシアター
11月29日(水)東京:新宿ロフト【BEATSONIGHT! Vol.7】


wash? OFFICIAL WEB SITE

http://www.xplasma.com/wash/
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