トークライブハウス「阿佐ヶ谷ロフトA」を開店した2年ちょっと前、社民党の保坂展人さんが突然ロフトを来訪し「今度の総選挙は杉並区から立候補する。この店を拠点に毎月色々な人を招いてトークをしたい」と言ってきた。「そりゃ〜ウェルカムだけど、杉並選挙区は石原慎太郎の世襲息子の選挙区だよ。その息子は自民党の中でも結構人気がある。勝てると思えない」と私は思ったのだが、保坂さんは「自民党政治は断固終わらせなければいけない」とばかりに玉砕覚悟で昨年の衆議院選に臨んだ(残念ながらあと一歩の所で負けてしまったが……)。そして今回、7月の参議院選挙の全国比例区に立候補し、国政への復帰を狙う保坂展人さんの意気込みを、私なりの切り口で語ってもらった。(平野悠)
保坂さんはアブノーマルな人!?
平野:まずは保坂さんの経歴についてお聞したいんだけど、保坂さんってとんでもなくアブノーマルな人なんだよ(笑)。俺たちの世代にとって保坂さんは、九州や北海道で暴れん坊だった事で有名なんだけど、今の若い人達は全然知らないと思うんだ。中卒なのに政治家で、しかも中学校時代から全共闘運動に関わっているなんてとんでもないよ。どうしてそうなったんだろう?
保坂:僕が中学生の時は「我らが内なる革命」だとか「自分自身を問え」だとか言っていた東大全共闘の影響を受けて、自分でも色々考えていたんだよ。 学歴を得てそのまま企業人になる事は世の中の歯車になるって事で、自由に物が言えなくなる道なんじゃないのかって思ったりしてね。しかもその時は暴力闘争まではいかなかったけど、言いたい事は山のようにあって、自分の部屋のガリ版印刷機二台で12ページの新聞をつくってたね。夕方6時から深夜1時まで原稿を書いて、徹夜でその原稿を刷って通学途中の電車の中でそれをホッチキスで止めて製本していたよ。少年の時の集中力っていうのはすごいよね。
平野:中学生の時にそんな事やっていたんでしょ。すごいよな〜。その時の保坂さんと友達だったら面白かっただろうな。
保坂:それを取り上げられて焼かれたり、もうそんな事やめて勉強しろという説得もあったりしてね。
平野:それは学校側からですか?
保坂:学校の先生達からだね。その学校には先生が80人位いたんだけど、そのうちの約30人から40人と平均して2時間位、長い人は何10時間も話したな。60年安保組の人も、共産党系の人も、社会党系の人もその中にいたと思います。で、その彼らが口を揃えて言ったのは、今ここで脱線していいことは何もないと。お前の成績であればいい大学に行って、それ相応の社会的な立場のポジションにつけるのだから、その時に言いたい事を言えばいいとしきりに説得してくるわけですよ。今なら過去の過ちも許してやると。ところがその頃の僕は生意気だったんで、「そういう事を言っている先生自身はどうなんですか? とても先生達が言いたい事を言っているようには見えません」と反論したんです。そうしたら、ある教師は真っ赤になって怒り、ある教師はもうこいつとは話をしても仕方が無いという感じになって匙を投げられたんです。
平野:それで、ひどい内申書を書かれたんですね。
保坂:とある教師なんて僕に、地獄に堕ちるぞ!と言いましたからね。だったら僕は、あえて地獄に堕ちてやろうと思ったんです。そんな感じで、僕は極めて変わり者でして、簡単に言うと意地っ張りだったんです。
共産主義者同盟マルクス・レーニン主義派からの中学全共闘
平野:聞きたかったのは、なんで保坂さんは共産主義者同盟マルクス・レーニン主義派に参加していたのかな?。というのは当時、俺は大学生だったんだけど、 共産主義者同盟マルクス・レーニン主義派なんていうのはダサイと思われていて、みんな馬鹿にしていたんだよ。
保坂:それはやっぱり僕が変わり者だったからかな。社会主義について知りたくって、当時、中華書店っていう中国系の本屋さんがあったんだけど、そこにいたお爺さんがいい人で、色々教えてもらったりしていたんです。そこで北京放送っていうのが流れていて、それが面白くてそこに手紙を送ったりしていたら、放送中にその手紙が読まれて日本にも感心する同志がいると気に入られて、それから毛沢東選書というのが北京放送局からたくさん送られて来るようになったです。だから、中学時代、僕はその毛沢東選書を通じて左翼思想の重要なものはほとんど学んだわけです。 共産主義者同盟マルクス・レーニン主義派に近づいたのもそういった事があったからなんです。けど、面白いことに当時そのセクトはだいぶ活動が下火になっていて、接近した途端になくなってしまったんです。70年頃にデモに参加したときも、メンバー50人弱しかいなかったんですけど、そのうち7人は中学生でしたからね。だったら、もっと中学生だけを集めて何かやろうということになったんです。そうしたらすぐに中学生が30人くらい集まったので「中学全共闘」っていう旗を30本、女の子につくってもらって、高校生のデモに交渉して参加してみたんです。そうしたら世間に驚かれたみたいで、週刊新潮に「佐藤総理も怒る中学全共闘」という記事が出たんです。しめしめと思いましたよね。
平野:それで、その情報が内申書に書かれ、高校に受からなかったんですね。
保坂:そうですね、5校受けて、筆記試験を通って面接まではいくんだけども、全部落ちました。だから、新宿高校っていう定時制高校に行きました。
教育問題へ
平野:俺知らなかったんだけど、保坂さんって「教育問題」が専門だったんだね。どういう事がきっかけで教育に興味を持ち出したの。
保坂:それは、定時制高校には、学生運動やって処分された子だとか、地方出身で経済的な事情を抱えながら学校に来ている子だとか、演劇をやっている子だとか、年齢が40歳位の人だとか色々な人が通っていて、学校自体が楽しかったというのが1つですね。あと思想、信条の問題を内申書に反映させて、15歳の子をつまみ出すっていうのは社会的に問題なのではないかと裁判を起こしたんです。そうしたら意外にも全面勝訴して、いろいろな新聞の一面トップにのったりニュースになったりして、それを知った全国の中学生や高校生達が僕に手紙を送ってきたんです。その時、そうした声をもっと色々な人の元へ届けるのは僕の役割かなと思って、それから80年代から90年代、教育の現場に行って、たくさんの生徒や保護者の声を聞いて雑誌や新聞に記事を発表するようになったんです。
平野:ちょうどその時は「家永教科書裁判」っていうのもやっていましたよね。
保坂:あの裁判は、僕の裁判とは全く関係のないものだったんです。だけど、家永裁判を気にしているという人達が、僕の裁判を観に来てくれるというのはよくあったみたいです。とにかく、僕の裁判は既存の教育を批判するものだったから、日教組とかの反発もあって大変でした。
政治家として
平野:社会党とはどんな風にして繋がっていったんですか?
保坂:教育問題をやりながら、趣味で市民の側からってことで頻繁に国会の中で集会を開くような活動を10年位してたんですけど、そこからですかね。
平野:やっぱり保坂さんは政治家で一番尊敬している人は土井たか子さんなんでしょう。ただ社会党って何がいいの? 村山さんとかはめちゃくちゃ清潔でいい人だったけど、全く何もしなかったでしょ。俺はそれ以来、社会党が全く駄目なんだけど、いかがですか? 保坂;社会党が労働組合との縁も切って、新しく市民の党として「社民党」に生まれ変わると言ったから入党したんですよ。
平野:だって保坂さんだったら民主党でもどこでも絶対当選していた訳じゃない。そこをなんで社民党なのかなと思って。
保坂:今まで僕が話していたことからもわかると思うんだけど、僕は相当意地っ張りなので、社民党が決してパーフェクトだと思って入党した訳じゃないんです。なんか得なほうに行くっていうのが、そもそもあんまり好きではない人間なんですよ。皆が行くと行きたくなくなっちゃうんですよ。
平野:それはうちと同じだな〜。代議士になっていいこととか良くなかったところあったら教えて下さい。
保坂:いいことは、やっぱり滅茶滅茶面白いですよね、政治っていうのは。人の運命がかかっているので、責任はすごく重いんですけど、政治で最終的に決着する事って多いんですよ。僕が驚いたのが、ビルマから逃げてきてすごく苦労していた人達がいたんですけど、その人達のために僕が国会で質問したら、彼らがラーメン屋で働く事ができるようになって、感謝されるっていうことがあったんです。業界団体からの意向を受けて動く政治家はたくさんいると思うんですけど、その逆方向のアプローチをする事ができるっていうのは、すごくやりがいを感じます。あと悪いところは世に疎くなる事ですね。
平野:暇がないってこと?
保坂:人間、24時間限られているから。ある法律をどうするのかとか、新聞記者に会ったりだとか、政界の動きを追っていたりしていたら、一見充実しているように見えて、実はそれぞれが中身の薄いものになってしまうんですよ。残念な事に。
平野:じゃあ最後につまらない質問をします。赤信号で周りに誰もいない。自動車もいない。横断歩道をあなたは渡りますか?
保坂:一度車に敷かれた事があるから渡りません。
平野:なんだよ〜。そういう答えを期待してた訳じゃないんだよ。保坂さんの法に対する姿勢について聞きたかったんだよ〜。じゃあ、明日、奥さんから離婚して下さいって言われたらどうします?
保坂:「待ってね」と言います(笑)。
平野:では最後に座右の銘を教えて下さい。
保坂:「志太く」ですね。
平野:ありがとうございました。
LIVE INFORMATION
6月6日(日)
「雇用の流動性を問う」
【出演】
保坂のぶと(前社民党衆議院議員)
川村遼平(NPO法人 POSSE理事)
竹信三恵子(朝日新聞編集委員)
OPEN 18:00 / START 19:00
前売 / 当日¥1,500(共に飲食代別)
会場:阿佐ヶ谷ロフトA