ギター バックナンバー

吉村秀樹×名越由貴夫('10年3月号)

吉村秀樹×名越由貴夫

憂色に包まれた12ヶ月の物語、失われた一篇の歌が加わり遂に完結──


 1996年10月に発表されたブラッドサースティ・ブッチャーズの『kocorono』が日本のロック史に燦然と輝く屈指の名盤であることに異論を唱える人はいないだろう。『2月』から始まり『12月』で終わる11ヶ月の心象風景が綴られた本作は、尋常ならざる楽曲のクオリティと文学性の高い物語の世界観、コンセプトの秀逸さも相俟って、発表当初から耳の肥えたリスナーを始め数多くのアーティストやクリエイター達からも熱烈に迎え入れられた不朽の金字塔的作品である。僕自身、今までこの作品をどれだけ聴き狂ったか判らないし、そのたびにどれほど心を奮わせたか判らない。『7月』の儚く瑞々しい旋律にどれだけ涙腺を緩ませたかも判らない。きっとあなたもそうだろう。その『kocorono』が、『Cinderella V.A』にのみ収録されていた『1月』を追加収録してリマスターを施した“完全盤”として発表されるというのだ。これが努めて冷静でいられようか。本誌では今回のリマスター作業にあたって独占取材を敢行、14年の歳月を経て再びタッグを組んだブッチャーズの吉村秀樹とプロデューサーの名越由貴夫の貴重な肉声をここにお届けする。未完の名作が12ヶ月の物語として遂に完結した『kocorono 完全盤』、その格好のサブテキストとして本稿を読み解いてくれると嬉しい。(interview:椎名宗之)


14年経って違う側面が見えたら面白い

──『kocorono』をまた別の形で世に問うてみたい気持ちは以前から吉村さんの中であったんですか。

吉村:廃盤になってない唯一のアルバムだからね(笑)。まぁ、いつかは何かしなくちゃいけないのかなとは漠然と思ってた。今回、キングレコードからオファーを受けた時はちゃんとしたコンセプトがあったから、やってみることにしたんだよ。1年ほど前に話をもらった時は今度の新作を作る上で一番悶絶する直前くらいで、新作作りのモチベーションも欲しかったんだよね。

──“いつかは何かしなくちゃいけない”というのは、何かやり残した思いがあったということですか。

吉村:いや、そういうわけじゃない。『1月』を入れるコンセプトに俺の本心はないんだよ。『kocorono』はあくまで『2月』から始まって『12月』で終わるのがコンセプトだから。あと、俺自身紙ジャケは大好きなんだけど、もともとプラケースだったものを紙ジャケにするのはどうなんだろう? って思って(笑)。でも、タスキが日本盤に付いてるようなロックの名盤に対する憧れで作ったアルバムであることは間違いないし、紙ジャケもアリかなとは思うけど。

──そして、“完全盤”と銘打って発表するなら名越さんや当時のエンジニア氏ともう一度タッグを組むのが絶対条件であったと。

吉村:うん。別の人に投げたリマスターは薄っぺらいリマスターになるんだよ。ちょっと待てよと。だったら違う道を行くのもいいんじゃないかと。14年も経って僕らも歳を取ってるわけだし、この作品に対して今何ができるのか? っていうところからすべてが始まったわけ。フガジのリマスターを全部買った男の選択だから間違いない(笑)。判りやすいところで言えば、去年出たビートルズのリマスターは全く違う作品だったよね。それに対して違和感があって、素直に喜べなかったんだよ。レッド・ツェッペリンのはそれなりに良かったと思うけどね。いろんなリマスター作品を聴いてきて、リマスターに対する姿勢を俺なりに考えたわけ。その結果、当時取り組んだ人達がもう一度一緒にやったらどうなるんだろう? っていう興味が湧いてきたんだよね。

──名越さんは、吉村さんからの打診に二つ返事で応えたんですか。

名越:そうだね。当時やり残したことはなかったんだけど、14年経って違う側面が見えたら面白いなと思って。ただその反面、凄く難しいだろうなとは最初から思ってた。一度完成したものを再構築する経験は初めてで、リマスターもやったことはなかったし。CHARAのセルフカヴァーに携わったことはあったけど、その時はアレンジを変えちゃえば形がまるっきり変わるから、リマスターよりもラクだったのかもしれない。実際、今回のリマスターをやってみて凄く難しかったしね。

吉村:実際に作業に取り掛かってから、“果たしてこの選択は正しかったのか…!?”ってちょっとめげたもんね(笑)。でも、名越君やマスタリング・エンジニアの安藤(明)さんのセンスに凄く助けられた。

──いわゆる純然たるリマスターという体でもなく、『3月』の終わりや『10月』のイントロには音が付け足されていますよね。

吉村:そういうのは流れだよ。

名越:作業をしていく中で“こんなのが入ってたんだ?”っていう発見があって、付け加えてみるのも面白いんじゃないかと思ってね。当時はそれをあえて入れなかった意図も判るし、『2月』から『12月』で完成された中ではそのほうがいい。でも、今回は最後に『1月』も入るし、全体として多少形が変わってくるから、その中で新たに発見した良さを盛り込んでみてもいいかなと思って。

──吉村さんは当時のデモテープを改めて聴き込んで臨んだそうですね。

吉村:当時はどんなことをやってたのかな? と思って、その頃の練習テープをずっと夜中に聴いてたね。それを検証したら、意外とメンバーの仲が良かったっていう(笑)。入れてない音を持ってるのは俺しかいないから、どのテープを探ったらいいのかなと思ってさ。『kocorono』のモードへ精神的な部分で従っていくためにも、そういう地味な作業は必要だったんだよ。“俺は一体何をやっていたんだろう?”っていうのを検証したかったしね。

名越:俺も当時の完成盤をもう一度聴き直したよ。やっぱりこの作品は自分にとって特別なものだと思った。リマスター作業をしながら改めてそれを痛感したし、ここまでガッツリ関わったアルバムは他にないしね。曲単位ならあるけど、アルバムを丸一枚関わったのは『kocorono』だけだから。

吉村:まぁとにかくね、分離が凄いんだよ。

名越:分離するべきところと分離しないほうがいいところがあるしね。

吉村:うん。今回も思ったんだけど、名越君が俺を拾ってくれるのは野性の部分なんだよね。俺の野性を全部拾ってくれるわけ。



愛情を持って闘うべきだと思った

──意外ですね。『9月』のつぶやくような歌に顕著ですが、吉村さんの繊細な部分を名越さんがすくい上げる印象を僕は抱いていたんですよ。

名越:野性的な部分と繊細な部分、その両方の良さを感じてるから、どっちかが欠けることはないんだよね。俺もギターを弾くから判るけど、ギターを弾く感性って野性の部分なんだよ。

──ギターと言えば、『2月』で聴かれるアコギの音の粒が凄く鮮明になりましたよね。

吉村:あの粒々は名越君が設定したんだよ。

名越:あれは最初迷ったんだよね。リマスターの段階で一度やり直したんだけど、最初は上も下ももうちょっとレンジが広い感じだった。でも、それだと曲の感じが壊れるかなと思って、思い切って下はそんなになくてもいいんじゃないかって切り替えたんだよ。それなら昔の感じを壊さないで新鮮な感じを出せると思ってね。

──それが今回のリマスターにおける主題だったんでしょうか。楽曲本来の持ち味を壊さずに新鮮さを提示することが。

吉村:俺だっていろんなリマスター盤を買って聴いてるから“オリジナルの音が好きだ”っていう人が絶対にいるのは判るし、そこは覚悟の上でやってるわけ。でも、リマスター盤として出す上で“これはねぇよな”ってイメージがブチ壊されるようなものは作りたくなかった。要するに愛情ってことだと思うんだけど、惜しみなく愛情を掛ければ絶対にいいリマスター盤になると思ってたね。さっき言ったフガジのリマスターは凄く闘ってる感じがあって、音がいいって言うよりもそこがいいわけ。でも、『IN ON THE KILL TAKER』っていう俺が譲れないくらいに好きなアルバムだけ良くなかったりするんだよね(笑)。そういう体感を経ての俺のリマスター観って言うか、愛情を持って闘うべきだと思ったわけ。

──リマスターの作業最終日の3日目にスタジオへお邪魔して、みなさんがありったけの愛情を注ぐ姿は目の当たりにしました。『3月』をもう一度やり直したいという名越さんの執念も感じましたけど(笑)。

吉村:あの『3月』は4回目くらいだよ(笑)。

名越:やり直した回数は『3月』が一番多かったけど、一番肝だったのはやっぱり『2月』かな。

吉村:うん、ド頭だよね。チームワークって言うのもヘンだけど、みんなの感性が合わさる瞬間が言葉ではなく音で発せられてるって言うかさ。

名越:『2月』はイントロのインパクトもそうだけど、リズムが入ってからのスピード感が肝だし、そのどっちを外しても上手く行かなかった。安藤さんに2回くらいやり直してもらって、3回目でやっと“これこれ!”って思えたんだよね。

吉村:あの瞬間の楽しい感じったらないよね。

名越:1回目の時ですでに散々ああだこうだ言いいながら悩んで、“まぁこんなところかな”って落ち着いてたけど、聴き直してみたら“うーん、どうかな”って感じになってね。

──『3月』で延々こだわっていたのはどんなところなんですか。

名越:『3月』はただ単純に技術的な問題で難しかったんだよ。凄く変わったミックスだったし。

吉村:悪魔の音がいっぱい入ってるからね。スピード感もあるし、バランスが取りにくいから悪魔を排除できないんだよ(笑)。

名越:オリジナル・マスター音源と当時のマスタリングしてないTD音源を聴き比べても、かなり悩んだ形跡が窺えるんだよね。

──最新鋭のテクノロジーを駆使しても悪魔を排除できないものなんですか。

吉村:それだとリマスターじゃなくリミックスになっちゃうからね。だとすると、俺が最初にリマスターに対して抱いてた考えと変わってくるしさ。俺はね、この“完全盤”を作り終えた今も実は悶々としてるの。“やったぜ!”っていうよりも“クソッタレ!”っていう気持ちが凄く強くてね。過去の自分を受け入れるわけだし、それが『kocorono』だとブラッドサースティ・ブッチャーズにしてみればちょっと重いわけ。過去の自分を受け入れられる窓口っていうのを体感した時に、みんなこの作品に対して愛情があるんだなぁとか思ってさ。



常軌を逸した『7月』のベース・ライン

──未だにライヴで『7月』が披露される時のオーディエンスの反応たるや凄まじいものがあるし、ブッチャーズの数ある名作の中でもこの『kocorono』だけがファンから特別な感情を持って迎えられているのは何故なんでしょうか。

吉村:音とのタッグもあるし、精神性もあるしね。一番印象にあるのが『7月』のギター・ソロを上に入れる時でさ、スタジオに遊びに来る人達に対して正直来ないでくれって思ってたね(笑)。こっちはどうしたらいいんだろう? ってずっと悩んでるんだから。その人達に「“極東最前線”に行きたいなぁ…」とか言われて、「ああ、みんなで行ったら?」って答えてさ。しめしめ、これで『7月』に集中できるぞと思ってね(笑)。あのギター・ソロだけは弾いてるところを誰にも見せずに、名越君とタッグを組んでやりたかったんだよ。音像でもの凄い悩んでたからね。

名越:『7月』は曲自体がアルバムの肝だったし、あの曲だけ一日に一回は録ってみることにしたんだよね。最終的にいいなっていうテイクは2つくらい残ってたかもしれないけど、毎日トライはしてたんだよ。『kocorono』を一緒に作ることになって最初に聴かせてもらったのも『7月』のデモだったしね。

吉村:どう足掻いても射守矢のあのベース・ラインにはかなわなかったね。絶対におかしいんだよ。“この人、常人じゃないな”っていうベース・ラインで、それに対して俺達は何をすればいいんだ!? ってずっと悩んでた。頭がバラバラになるようなホントに凄いベースだったんだよ。プログレでもないよなぁ…って言うか。

名越:ある種、天才的なコード感だったよね。

──やはり、『7月』のリマスターも相当手こずったんですか。

名越:うん、『2月』同様に。もしかしたら『2月』以上に大変だったかもしれない。最初に『7月』の出来に納得してから『2月』に取り掛かったのかな。一番立ち止まったのは『7月』と『2月』だった。

吉村:俺はよくアナログのマスター・テープが残ってたなと思ってさ。

名越:プロトゥールスとかデジタルで録ったものでちょっと中高域の抜けを良くしようとすると、そこが凄く耳に付いてうるさいんだよね。でも、元がアナログだと下も意外としっかり残っていて、アナログの底力を実感したよね。まぁ、簡単に分離してくれないところはあるんだけどさ。

吉村:余裕と迷いみたいなものが凄くあるんだよね、音の中に。

──それってブッチャーズというバンドそのものな感じがしますけど(笑)。ところで、名越さんがマスターテープのそばに積み木みたいなものを置いて、その位置を絶えず動かしていましたけど、あれは何なのですか。

名越:いわゆる制振材っていう振動を抑えるためのものだね。オーディオおたくの人達がよく使うんだけど、回転してるものは振動に左右されて音がブレたりするわけだよ。

吉村:レコードプレーヤーの下に置くインシュレーターみたいなものだよね。

名越:そうだね。大抵は機器の下に置くんだけど、上に置いても多少効果があるので。

──積み木の上下に白いプレートみたいなものがあって、それを付けたり外したりもしていましたね。

名越:個数を変えたりね。あれを売ってるガレージメーカーのお爺さんはあの形と重さに辿り着くまで何度も試したらしいんだけど、あの上下の白い部分はアルミの酸化物をセラミック加工していて、セラミック包丁とかと同じ素材を使っているんだよ。制振材っていうのは振動を抑えすぎるのも良くないらしくて、それにはアルミの酸化物がほどほどでいいみたいなんだよね。その間に木を挟むと、音も固すぎずに中域も出るってお爺さんが教えてくれてね。その木も黒檀がいいって言うからそれにして(笑)。

──実際、効果はてきめんだったんですか。

名越:うん、あったね。

吉村:家で自分の指をCDプレーヤーに当てながら音を聴いてみなよ。それでも全然違うから。とにかく、音が変わった瞬間のあの抜け感ったらないよね。

名越:パッと聴いてそれで良ければ制振材を試さなくてもいいと思ったんだけど、オープンリールを回してる時点で“もしかしたら…”と思って下に薄いのを敷いたら“あれ!?”ってくらい音が変わったからね。

──あと、『12月』が一段と迫力と凶暴性を増したように個人的には感じたんですが。

名越:特にそこだけ強調したつもりはなくて、ちょっとしたサジ加減でそういうのが際立つんだよね。どの曲も常に頭の中にあったのは、より生演奏に近くなるようにっていうことだったんだよ。

吉村:レヴェルとかそういう問題じゃなくて、『12月』のリマスターは凄くいいよね。倍音も凄くヘンな位置に散りばめられてるし、それがふんわりした俺の大のお気に入りな感じになってる。あの倍音は心が躍るね。



雲が動いているような音像の捉え方

──『Cinderella V.A』に収録されていた『1月』を“完全盤”仕様の音にして最後に繋げる作業も一筋縄では行かなかったんじゃないですか。

吉村:そこはみんなで試行錯誤してね。何て言うか、新しい『1月』もあれはあれで良かったなぁって思う。何とも言えない切ない感じがあってさ。

名越:『Cinderella V.A』の『1月』は、曲の後半が別テイクだったんだよね。マスタリングで別ミックスのテイクをくっつけたんだよ。でも、今回改めて『1月』をTDしたのを通して聴いてみたら、これはそのままのほうが良かったんじゃないかと思ってね。だから、収録曲の中で大きく変化したのは『1月』ってことになるのかな。解体して縫いつけてたのを裸のまま出すわけだから。

吉村:当時は何を迷ってたんだろうね?

名越:判らない(笑)。当時のマスタリングで繋げたやつは物語として綺麗に連なってるんだけど、元々の繋がってるほうは演奏も一貫してやってるわけだし、エモーショナルな感じが強いんだよね。

吉村:『1月』は、イントロでジョン・レノンをやりたかったわけ。ギターでこんな鐘の音が出るんだ!? なんて思ってさ(笑)。

──『マザー』ですね。『1月』なのに何故か除夜の鐘みたいな音で(笑)。ちなみに、収録曲の中で最初に出来たのは『1月』だったんですか。

吉村:いや、『1月』だった気もするけど…『8月』のほうが先だったんじゃないかな。モードの変わる瞬間が『8月』だったのは確かだね。『1月』は『Cinderella V.A』の流れの中で構想を練った曲で、『8月』が出来た時点で12ヶ月をテーマとしたアルバムにしようと思ったんだよ。多分、漠然と芸術家に憧れてたんじゃない?

──今さらな話ですが、『kocorono』のプロデュースを名越さんに依頼したのは、やはりコーパス・グラインダーズで育んだ盟友関係からですか。

吉村:始まりはコーパスだよね。ゼロの話を聞いてると、名越君と一緒にやりたいんだけどちょっとズレてくみたいな感じがあって、それで名越君から俺のところへ心の擦り寄せが来てね。名越君に対しては特別な感情があって、音の感覚って言うのかなぁ…ギターとベースの中間の感覚っていうのがあるし、ジミ・ヘンドリックスに対しての捉え方もみんなと全然違ったしね。

名越:ああ、そんなことも話したね。俺がジミヘンを好きな部分って、たとえばウッドストックとかでガンガン弾いてるんじゃなくて、スタジオ録音でテープ・エコーを掛けて逆回転させたりする静の部分なんだよ。そこがふたりとも好きだったんだよね。

吉村:名越君の雲が動いてるような音像の捉え方も好きだし、コーパスの時のあの追い込み方は凄かったね。アメリカでやったライヴで、ギターじゃないし、ベースじゃないし…もうホントに何をやってるか判らなかった。悪魔が斧を振り回してるみたいで、とにかくもの凄かったんだよ。

名越:意外とあそこで一番冷静だったのはゼロだったよね(笑)。

吉村:俺はショボーンとしてるし、大地(大介)はバカみたいだし(笑)、その中で名越君がギターもベースも超越した音を掻き鳴らしてね。あれをもう一度やれって言われても二度とできないでしょ?

名越:うん、できない。でも、ギターを超越しているって部分はブッチャーズだって前からそうだしね。ヨウちゃんの歪んだ音を聴くと、ギターの領域を飛び越えようとしてるのが判るよ。

──両者の性格も似た部分が多いんですか。

吉村:いや、似てはいないよね。認め合う部分は多いけど。

名越:タイプは全然違うね。ただ、ブッチャーズもやってるエンジニアの日下(貴世志)君から「一音のタッチが似てる」って言われたことがあるよ。

──あと、おふたりはCHARAさんの『タイムマシーン』を共作したことでも知られていますよね。

吉村:こないだテープの発掘作業をしてた時、『タイムマシーン』のボツになった一番最初のテイクが出てきたんだよ。あれね、今聴いたら凄くいい。

名越:ああ、そう? 俺はそれ、持ってないな。

吉村:凄く素直で、寂しくて、とにかく心に響くんだよ。

──吉村さんは名越さんのことを“神様”と呼んでいたし、音楽的資質に惹かれ合った両者の関係性はやはり特殊なもののように感じますね。

吉村:何なんだろうなぁ…名越君は優しいのかな。俺自身は野性だと思ってるんだけど、それをちゃんと拾ってくれるからね。やっぱり優しいんだと思う。

──リマスターの作業中は言葉少なげでしたけど、“これは違うな”という音に対しておふたりの表情が同じタイミングで曇ったのが印象深かったんですよね(笑)。

名越:よく見てたね(笑)。

吉村:遠慮しながらも直して欲しいところを安藤さんに伝えると、名越君が後からぽつり、「そうだよね」って言ってたね(笑)。

名越:ただ、そういう部分を具体的にどうすれば良くなるのかは探すのがけっこう大変だった。抽象的な言葉で伝えると、人によって捉え方も違うしね。かと言って、具体的に何キロヘルツで…って安藤さんに伝えるのは何となく失礼な気がして。実際そこまで判らないしね。だから、「ギターの上のザラッとした感じとスネアの上の響きをもうちょっと…」みたいに曖昧な表現をしていたのが時間の掛かった要因のひとつではあるんだけどね。キングの自社スタジオじゃなかったら金額的に大変なことになってたと思う(笑)。

吉村:安藤さんもちゃんと俺達の意気に応えてくれるんだよね。「もうお前ら来ないでくれ」って言われるくらいのことをお願いしてるのに、安藤さんの背中から愛情を感じる瞬間が多々あったんだよ。みんなが一丸となって『kocorono』に取り組んで、みんなの愛情が積み重なっていくのを体感できたのは良かったな。その感動は最初の設計図以上のものだったね。

格好いいことばかりがロックじゃない

──今回のリマスター作業を終えて、名越さんはブラッドサースティ・ブッチャーズというバンドを今どう捉えていますか。

名越:音もオリジナリティの塊だし、詞の世界も独特だと思う。俺はあまり詞を聴くほうじゃないんだけど、ヨウちゃんの詞はフッと耳に入ってくる。『NO ALBUM 無題』を聴いてても、詞が素直に入ってくるんだよね。サッと景色が浮かぶ詞で、一言の情報量が凄く多い気がする。具体的な景色もあれば、抽象的な心の闇みたいな景色も浮かぶしね。『NO ALBUM 無題』を聴いてまず飛び込んでくるのは、不思議な声の音像だよね。凄く重なってるブルガリアン・ヴォイスって言うか(笑)。何と言うか、『kocorono』の頃に試行錯誤していたことが完成してスパンと抜けてきてるのを感じたね。もちろんこれからまだまだ進化していくんだろうけど。

──『kocorono』の制作当時に迷いの坩堝にはまったのはどんな部分だったんですか。

名越:迷いとか悩みって言うよりは、いろいろ試して時間を喰ってたんだよね。いろんな可能性を感じていたし、あれもできるんじゃないか、これもできるじゃないかっていう感じだった。ノウハウを知らなかったからこそいろいろ試してみて、それで生まれたものもあるしね。録りもミックスも実験精神に富んだ現場だったよ。レコーディング中に伝達事項を伝えるのに喋るマイクを立てて、それをオフマイクとして使ってるのが随所にあったりね。まぁ、その部分が今回マスタリングする時にけっこう邪魔だったんだけど(笑)。細かいことまでは覚えてないけど、マイキングはヘンな立て方をしてたね。ブースじゃなくて廊下に立てたり、スタジオを飛び出して外に立ててみたり。甲州街道の音を録りたいってことでね。

──そういうのが『5月』や『3月』の最後の駆け足の音などに活かされているんですね。

名越:あの駆け足は射守矢君だったよね。

吉村:スタジオに微妙に坂になってる廊下があって、そこを射守矢に走らせた(笑)。

名越:バズーカスタジオね。エンジニアが言うには、あそこは相当変わった配線だったみたいだよ。

──話を伺っていると、『kocorono』は想定外のケミカルが随所に巻き起こって生まれた作品だったことがよく判りますね。

吉村:まぁいいでしょ、ケミカルってことで(笑)。

──今後、両者が再びタッグを組むようなことは?

吉村:まさにこれからそんな話をしようかなと思ってね。アコギの音のジャッジメントひとつを取っても名越君はやっぱり凄いわけ。この先をさらに進んでいくんだったらこの人しかいないと思うし、『kocorono』っていう曲もまだ発表されてないしね。

名越:マイクを吊して部屋で録ったやつだ?

吉村:うん。あれはホントに素晴らしい。ボロッボロのシンガーが唄ってるようなヨレヨレ具合なんだけど、もの凄くいいマイキングなんだよね。あれは俺の宝なんだよ。その宝をいつか名越君と一緒に作品にできたらいいなと思うね。今の俺達の感覚があれば、きっとまた面白いものができると思うしさ。

──いつかまたコーパスをやりたい気持ちはありますか。

吉村:俺は途中でクビになった男だからなぁ…(笑)。

名越:自然崩壊しちゃったバンドだしね。まぁ、ゼロ次第だけど。みんなが50歳になってから再結成するのもいいんじゃないかな。コーパスを始めた時、とりあえず50歳になるまではやろうって話してたから(笑)。ジジイになってもこの感じでやろうってね。

吉村:まぁ波瀾万丈なバンドだったからね。ゼロの個性と名越君の個性が恐ろしいほど攻めてくるバンドで、その中で途中加入した俺は何をしたらいいんだ!? って感じだった。俺は俺でコーパスの中で孤独を感じてた時期もあって、ギターをブン投げてさよならするわけなんだけど…。でも、あのコーパスの経験値があるからこそブッチャーズ以外にディスチャーミング・マンをやれてるのは確かだね。

名越:コーパスは「やめた!」って宣言したわけじゃないし、“やんなきゃな”って持病みたいなしこりをずっと引きずってる感覚なんだよね(笑)。

──最後に、当時29歳だった吉村秀樹がこの『kocorono 完全盤』を聴いたらどう感じると思いますか。

吉村:全然ウェルカムで素晴らしいと思うんじゃないかな。今必要なものは何か? というのを手繰り寄せて、それがちゃんと音に出てると思うし、ロックンロールのぎこちなさとか異物感もちゃんとあるしね。格好いいことばかりじゃロックンロールじゃねぇんだよ! って言うかさ。俺も名越君も感性の人間なんだよ。こればっかりは1+1=2みたいに計算できない。そういう音楽にはしたくない。そこを大事にしたいんだよ。そこに命を懸け続けたいんだよね。ただそれだけだよ。



kocorono 完全盤

01. 2月 / february 親愛なるアレックスさんへ
02. 3月 / march 青空
03. 4月 / april「大人になんか解ってたまるものか!」
04. 5月 / may インスト
05. 6月 / june あめ, アメ, 雨
06. 7月 / july 心
07. august / 8月
08. 9月 / september ぼく
09. 10月 / october 黄昏
10. 11月 / november インスト
11. 12月 / december トウキョウ
12. 1月 / January
KING RECORDS KICS-90587
2,800yen (tax in)
紙ジャケット仕様・完全生産限定盤
2010.3.10 IN STORES

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posted by Rooftop at 12:00 | バックナンバー