ギター バックナンバー

bloodthirsty butchers('10年3月号)

bloodthirsty butchers

生きている、生きて行こう──
砂を掴んで立ち上がる無頼漢のブルース


 ブラッドサースティ・ブッチャーズが往くケモノ道は決して平坦ではない。まずもって避け方を知らないから、魑魅魍魎に何度でもぶつかる。ぶつかって、ズッコケまくり、たちまち傷だらけになる。傷だらけになってもなお、彼らは砂を掴んで立ち上がる。進軍ラッパを勇壮に吹き鳴らしながら満身創痍で疾走を続ける。漆黒の闇の中で七転八倒しながらも足掻くだけ足掻く。ロバート・ジョンソンが四辻で悪魔に魂を売り渡した引き換えにブルースを身に宿したのとは異なり、ブッチャーズは悪魔に“クソッタレ!”と唾棄し、それでも敢えて荒野を突き進む。それがブッチャーズにとってのブルースという表現であり流儀でもあり、『NO ALBUM 無題』と題された作品には彼ら一流のブルースが重厚かつ繊細に、はたまたサイケデリックに轟いている。油絵のような激しい凹凸もあれば、水彩画のような瑞々しい透明感もある。豪胆でいてたおやかなその音塊と歌は、音楽のミューズの寵愛をも拒絶せんとばかりに孤塁を守る極北の佇まい。この真に迫る凄味、やはり只者ではない。疾走に継ぐ疾走を絶えず続けるさなかで握り締めた暗夜の一灯、そこから紡ぎ出された至高の歌の数々について、メンバー全員に話を訊いた。(interview:椎名宗之)
pix by 菊池茂夫


“その先にあるもの”に手を伸ばす

──『フランジングサン』をライヴで初披露したのが2007年11月14日に札幌ベッシーホールで行なわれた“official bootleg vol.14〜20th Anniversary / 僕達の疾走〜”でしたから、今回発表となる『NO ALBUM 無題』はほぼ2年を費やして完成に漕ぎ着けたことになります。この2年、吉村さんが公私共にひたすら悶々としていた印象が強いんですが。

吉村秀樹(vo, g):悶々としてたよ、歌詞を見れば判る通り。でも、その悶々が最後は表現になっていくからね。

──ここ数年では最大級だったんじゃないかと思えるあの七転八倒ぶりは一体何だったんでしょう? 思うような表現がなかなかできなかったとかですか。

吉村:それも一因としてあるし、思いと形が噛み合わないこともあるし、思いを掴みきれないこともある。最終的に仕上げるのに“これだ!”って判るまで凄く時間が掛かったんだよ。

田渕ひさ子(g, vo):もの凄く長い時間を掛けて作ったアルバムだから、これを人が聴いてどう思うんだろう? っていう感じなんですよね。僕としては達成感があるけど、人がどう感じるのかはよく判らないんです。

射守矢 雄(b):自分達でも一体どうなるんだろう? って感じだったからね。何とか完成に漕ぎ着けて、これでやっと気持ちがリセットできるんじゃないかな。そのリセットが前向きなのか後ろ向きなのかは判らないけどさ(笑)。

小松正宏(ds):メンバーそれぞれがやれることはやり切ったと思うよ。ただ単にやれることをやるだけじゃなく、いろんな思いも含めて投げ出さずにやり切った。多分、この4人じゃなければバンドを抜けてる人もいただろうし、4人全員がアルバムに対する責任をちゃんと果たしたと思う。

──昨年末の“SPACE bootleg X'MAS TOUR 2009”で『ocean』を初披露した時、吉村さんがMCで「この曲を作るための2年間だった」みたいなことを仰っていましたよね。『ocean』は強い確信に満ちた重厚なサウンドなれど、終盤に“生きている 生きて行こう”という一節もあるし、唄われている内容はかなりヘヴィですよね。

吉村:『ocean』は最後の大きな課題としてあって、『ocean』を『ocean』っぽくするには一歩踏み込まなきゃダメなわけよ。そこになかなか行けなかった。『ocean』の世界観みたいなものは『black out』にも凝縮してるんだけど、“生きている 生きて行こう”っていう答えは俺の中に最初はなかったんだよ。でも、曲を作ってるとやっぱり生きていたいし…っていう。もういいや、残された気持ちは握り潰しちまえ! って言うか…。そこで多少なりともポジティヴになれたんだよね。

──前作『ギタリストを殺さないで』で言えば、『イッポ』を完成させる時に「この曲が出来なかったらもうバンドをやめるぞ!」と吉村さんが3人に発破を掛けたことがあったじゃないですか。『ocean』もそんな領域にまで踏み込まなければ完成できなかった曲じゃないかと思うんですよね。

田渕:確かに、『ocean』は『イッポ』の時に近いことを言われたような気がしますね。

吉村:レコーディングはもっと楽しげなはずだったんだけどね。きっかけは曲でも何でもいいのよ。でも、“その先にあるもの”を作らないと同じことになっちゃうんだよね。今回は音的に『ギタリスト〜』の延長線上にはあるんだろうけど、もっとシンプルなものになるはずだったんだよ。それがフタを開けてみると全然そうじゃなかったっていう。

──作っては壊すの繰り返しだったんですか。

吉村:いや、そうでもないよ。音録りは最短時間で入れてるし。ただ、歌入れと歌詞を作るのがとてもとても苦労した。その先に何かが見えればいいわけ。『ocean』なら海が見えればいいし、『curve』なら宇宙が見えればいいわけよ。頭の前頭葉に余計なもんがあると、それが見えないんだよ。踏み外すと当たり前に時間が掛かる。

射守矢:“その先にあるもの”っていう答えは吉村しか判らないわけで、言い方は悪いけど、俺達は傍観してるしかないわけ。こっちは何がどうなっていくのか判らない状態で録るから、とても冷静じゃいられないんだよ。吉村が苦悩してる時に俺達ができるのは、ただひたすら待つこと(笑)。決して急かさず、けしかけず。そんなことくらいしかできなかったよね。

小松:順序立てると言うよりも、ブッチャーズは気分で作業を進めていくんだよ。“ポン”とひらめきが生まれればそこからダーッと進むんだろうけど、その“ポン”がなかったから『フランジングサン』から次の曲へ行くまでに凄く時間が掛かったんじゃないかな。ただ、そこで急かしても仕方ないし、俺達3人はその“ポン”をひたすら待つ。前はライヴを止めてスタジオに籠もることもあったけど、2、3ヶ月ライヴを止めたところで“ポン”が出てくるとは限らないし、それは20年以上バンドをやっていれば充分判ってることだから。

誰一人として抜けたらオシマイ

──そうした制作背景を含めて、アルバム全体に通底する色調は“ブルース”という言葉に集約されている気がしますね。図らずも『散文とブルース』という楽曲も収められていますし。

吉村:“ブルース”がないと何も始まらないからね。俺の中で“ブルース”っていうのは“エレジー”なんだよ。英語の“BLUES”じゃなくカタカナの“ブルース”って言うか、青江三奈とか藤 圭子みたいな歌謡曲に近いニュアンス。俺が最初に描いてたのは、演奏もプロデュースもメンバー全員でやってるようなイメージだった。『ギタリスト〜』はそれとは違う一面を出したかったのが本音なんだけど、なかなかそれが上手く行かないのよ。時間も熱量も掛かってるし、俺が最後の答えを見つけるのが凄く難しかった。単に4人の音を集約して作るだけなら前作でもいいわけだしね。ひとつの結果として作品の出来には凄く満足してるんだけど、最初に思い描いてた構想と違うってところで、家に帰って何度も壁を蹴りたい衝動に駆られたね。“何なんだ、俺は!?”みたいな感じでさ。その流れを断ち切って、“ああ、これだ!”ってカギを掴めたのは歌だったんだよね。サウンドがカギじゃなかったんだよ。

──『ギタリスト〜』で吉村さんの歌はかなり理想的な境地にまで達した感がありましたけどね。

吉村:そこもさらに違うところへ行きたかったわけ。自分で歌詞を作って歌を唄って、さらにそれを自分でプロデュースしなくちゃいけないから、ジャッジが凄く難しいんだよ。でも、歌に関しては今までとは違った表情が出せたと思う。

──前作は弾むような明るさと小気味良い軽やかさを基調とした作品でしたけど、本作は全体的にシリアスかつ内省的なトーンで、それでもなお砂を掴んで立ち上がろうとする強靱な意志みたいなものを感じますね。

吉村:ヘヴィ感はあるね。ただ、俺はそのヘヴィをサイケにしたいわけよ。サイケにできる要素が歌を重ねていく過程の中で見つかった。何もハッパを吸ってりゃサイケになるってわけじゃなくて、サウンド自体がサイケって言うかさ。4人とも“これしかできない”ってところで新しい何かを生み出すのが毎回の課題なんだけど、誰一人として抜けたらブッチャーズはオシマイなんだよ。代わりはいない。まぁ、その部分での甘えもあるんだけどね。俺はこのアルバムを作り終えた時にみんなに言ったんだよ、「もうこんなに辛い作業はしたくない!」って(笑)。違う方向性を探すことはもちろんしたいけど、今回みたいな突き進み方をしていたら、多分、次で死ぬね。それくらいの勢いが最後の作業であったから。まぁ、それを楽しんではいるんだけどさ。答えが見つかった瞬間は楽しいんだよ。サイケな瞬間がね。

──そのサイケな瞬間は雲のように掴み取るのが難しいんでしょうね。

吉村:どこにポイントがあるか判らないからね。それを探して提示しなくちゃいけないしさ。

──ひさ子さんはなかなか良いフレーズが浮かばずに不甲斐なさを感じているとレコーディング中のブログに書いていらっしゃいましたよね。

田渕:万年そんな思考なんですよ(笑)。

吉村:俺が良くないのは、褒めて伸ばすタイプじゃないってことなんだよね。

小松:ああ、それはあるね(笑)。

吉村:「もっと来いよ!」って言ってるんだけど、それが逆に作用しちゃうんだよ。いつも改善したいとは思ってるんだけどさ。

小松:ちゃこちゃんは特に最後に入ったメンバーだから、スタジオで何か言われたら萎縮しちゃうところもあると思うんだよね。ガーッと言われると、本来なら出せる力が出せなくなっちゃう。それは俺もよく判るしね。

──ただ、ブッチャーズはその緊張感がアンサンブルの妙味に繋がっている部分も大きいのでは?

吉村:いや、それをやりすぎると死んじゃうよ。

小松:若い頃はこっちも“何クソ!”って気持ちがあったから、功を奏した部分もあったかもしれないけどね。

吉村:そんな中でこれだけ長い間続いてるのは奇跡だと思うし、何かひとつカギを見つけていくことのプレッシャーは常にあるよね。オリジナルの3人は特にそうだろうし、ブッチャーズがなくなったら自分じゃないって気持ちもそれぞれにあると思う。その上でひさ子が入ってブッチャーズを動かしていく部分で、自分達が理解してる以上のプレッシャーがあるだろうしね。その厳しい状況の中で超えるべき作業が絶えずあるわけ。


メンバーのヒリヒリした音を拾いたい

──今回、オリジナル・メンバーの3人に何とか喰らいついていこうというプレッシャーがひさ子さんの中にかなりあったんですか。

田渕:特に意識はしていないけどバンドが変化していく部分ってあるじゃないですか? 僕が加入してからの3枚ではそんなに深く考えなかったけど、自分がどんな役割を果たしているのか? 自分は本当に必要かどうか? 自分が入って良くなったのはどんなところか? みたいなことをよく考えた気がします。この7年、トントントンと勢いで来たけど、ちょっと立ち止まって考えてみたと言うか。今は“賛否両論、上等!”って思うしかないって感じです(笑)。自分のできることは最大限やったし、あとはどう受け止められようが構わないですね。

吉村:最後に入ってる『curve』はひさ子と作ったんだけど、ホントは入れない予定だったの。ひさ子と一緒にメロディや詞を考えたかったんだけど、アルバムのテーマとはそぐわないと思ったわけ。そういう共同作業は次のアルバムでやりたいことだったんだよ。でも、このアルバムの次にどこへ行くのかを提示しようと思って入れることにしたんだよね。多分、ブッチャーズのことを凄く好きな人は“何で最後はあの曲なんだろう?”って思うだろうね。俺の中で言えば「ざまぁみろ!」なんだけどさ(笑)。でも、そういうのが楽しいわけ。それがブッチャーズなんだよ。

──『ocean』で漆黒の闇を突き抜けて、『curve』で瑞々しい清涼感を味わえるのが良いバランスだと個人的には思ったんですが。

吉村:そう感じる人もいれば、“ありゃないよな”って感じる人もいるんだよ。でも、それがいい。賛否両論あるのがいい。今のモードを判りやすく提示するには『ocean』で終わるのがいいんだけど、次にやろうと考えてたことも全部やり切って吐き出したほうがいいと思ったんだよね。「あんなブッチャーズはイヤだ」って言う人もいるだろうけど、全部考えてやってるんだよ。まぁ要するに…意地悪なんだよね(笑)。

──『幼少』のようにご子息へ語り掛けるような曲も新機軸ですよね。

吉村:どの曲も自分が見てきた風景からしか出てこない歌詞なんだよ。全部そう。ただ、青春賛歌みたいなアホッタレでクソッタレなものはどうでもいい。そういうのは全部ウソなんだよ。ウソを聴いたって面白くも何ともない。もっと冷静に考えてみなさいよって言うか、転んで鼻血を出した子供の頃のことを思い出してみなさいよって言うかさ。そういったことしか歌詞にはできない。想像で恋愛をテーマにした歌詞を作る人は素晴らしいと思うけど、俺にはリアルなことしか書けないんだよ。

──リアルさと過去への追憶が絶妙なバランスで溶け合っているのが『僕達の疾走』ですね。

吉村:そうだね。高校の頃に山本おさむの『ぼくたちの疾走』っていうコミックをみんなで回し読みしてたわけ。その光景を覚えていて、そこから膨らませただけなんだけどね。

──イースタンユースや怒髪天と共演したイヴェントのタイトルでもあったし、しんしんと降り積もる札幌の雪景色が脳裏に喚起されるメロディとサウンドですね。

吉村:最初にチャーンチャンチャンって何気なくひさ子が弾いたフレーズがあって、“ハイ、それもらい! そっから行こう!”って感じだった。それがブッチャーズのやり方で、まず第一の“ポン”なわけ。凄く考え込んでやることと、何も考えずにやることの楽しさがあるんだよ。いろいろとやりたいことはあるけど、俺はメンバーの出すヒリヒリした音をできる限り拾いたい。ちょっとしたフレーズが凄く新鮮だから。俺自身、一番好きなのは唄いたいことじゃなくて、コードをチャラチャラ弾いてることだしね。

──今回、射守矢さんや小松さんから“ポン”が出てくるようなことは? 僕は『happy end』や『story』といった射守矢さん独特の泣きのメロディが好きなんですが、本作にはそういったテイストの楽曲は少ないですよね。

射守矢:モチーフになるようなフレーズを今回は弾いてないからね。『散文とブルース』の元々のフレーズは俺が考えたんだけど、全然別の形になったしさ。あと、単純に採用されなかったんだよ(笑)。

吉村:“これだ! もうこの曲から逃れられない!”って曲が射守矢のにはなかったんだよね。ひさ子が作った『幼少』とかは“逃れられない”曲だったんだけど。『幼少』は俺の歌が上手く乗っかったと思うね。

4人の個性を尊重した音作り

──あと、確か小松さんが作詞を手掛けた曲が入る予定もありましたよね?

吉村:そうそう。ホントは入れたかったんだけど、最後はなるようにしてなっていったって言うか。俺も流れの中で身を任せる部分があるし、最後まで入れるように頑張ってたんだけど、その時間の中で入れさせてくれないんだよ。これはもう、そういうことかなと思ってね。自分の中で計算して時間をちゃんと残してたんだけど、意外に時間が掛かるのよ。何に時間が掛かるかっちゅうと、ドラムとベースの音をセッティングすることなんだよね。それが一番苦労する。自分のバンドだから音に関しては譲れないからさ。

──『デカダン〜I'm so tired〜』のイントロのドラムも、恐ろしく芯が太くて抜けがいいですよね。ブッチャーズ・サウンドの得も言われぬ独創性のカギはやはりリズム隊にあることを改めて痛感するアルバムだと思いますよ。

吉村:ちょっと気を許すと全然音が合わないことがあるし、リズム隊に「練習に入りなさい」って言ったこともあったの。でも、断固として入らねぇんだよ(苦笑)。

射守矢:だって、シャクに触る部分もあるからさ(笑)。でも、そのぶん特訓もしたんだよ。吉村が小松に対して音を注文することはよくあるけど、俺は普段それほど言われない。ただ今回は、「『black out』の8ビートをダウンピッキングで弾いてくれ」って注文を受けてさ。ダウンピッキングなんてほとんど弾いたことなかったんだけど(笑)。

吉村:俺はダウンピッキング以上のものを望んでるから、まずは練習をした上で個性を乗せて欲しかったわけ。

射守矢:それで自分なりに特訓してさ、苦労しながらも“だいぶ弾けてきたぞ、これでいいんじゃねぇ?”ってところまで来たつもりでも、吉村の反応がイマイチなわけ。だから“これ以上どうすればいいんだよ?”って思ったんだけどね(笑)。

吉村:その前に、最初は「ダウンピッキングなんてできねぇ」なんて言うんだから。できねぇじゃなくてさぁ…っていう(苦笑)。

小松:多分、できないんじゃなくてやりたくなかったんじゃないかな。自分がダウンピッキングを弾いてる姿がOKになるまでにまず時間が掛かるって言うか。それがOKになって初めて練習に入れる。

射守矢:8ビートを弾くのが嫌いなわけじゃないんだけど、4小節ごとのベースのオカズとか、歌前に入るオカズみたいな部分的に入れていくベースが嫌いなんだよね。なかなか大変なんだけど、8ビートを刻んでる中にも何とか自分のフレーズやメロディを入れてやろうと思ってさ。

──その姿勢があのオリジナリティの塊とも言えるベース・ラインとして帰結するわけですね。

射守矢:まぁ、基本的に俺は自分の知ってる自分の音を毎回同じように作るだけで、それがどう加工されるかは吉村に委ねてるんだけどね。

吉村:もうちょっと利口なら、音の中に差し引きがあるはずなんだよ。でもそれがないし、リズム隊が軸にもなってるから、削るわけにもいかない。4人の音がちゃんと聴こえるミックスを模索すると、答えはひとつしかないんだよね。どの曲もメンバーの個性を尊重するしかない。もうちょっと判りやすい音ならいいんだろうけど、上物がワンワン鳴ってるからね。単純なようでもの凄く辛い作業だったし、あの現場を3人に見せたかったよ。自分のバンドなのにエラい苦労してるんだからさ(笑)。

小松:俺が入った最初の頃は明確な方向性に立ち向かって行く感じで、『未完成』とか中盤の頃は思いつきでガーッと行くことが面白い作用を生み出してた。それがここ最近は、吉村さんが考えてることと俺達3人がやってることにギャップがある気がする。歌詞も歌も全部出来上がった状態でレコーディングに入ってれば、今回も作業はもっと早くできたと思う。でも、ブッチャーズは本来そういうバンドじゃないからね。

──そう、各人がちぐはぐでも最後はひとつの音の塊になるのがブッチャーズの妙味だと思うんですよ。

小松:たとえば、射守矢さんが作った曲で“エエッ! ここから歌が始まるの!?”ってその場で初めて知ったこともあるし(笑)。“ここに歌が乗ってるのに、何でドラムのオカズが入ってるんだろう?”とか、そういうのが前はあったんだよ。でも、今は吉村さんのイメージしてるものがもっと明確なんだと思う。ただ、完全な歌詞やメロが出来てないから具現化するのに時間が掛かるわけ。『フランジングサン』のベーシックは2年前に録ったものだし、そこから初めて歌詞や歌が生まれる。『ocean』なら“こういう音にしたい”っていう吉村さんのイメージが浮かぶ。そこで“このドラムとベースは違う!”ってことになっても、その状態のままで理想形に持っていこうとするから大変な労力が要るんだよね。

ギターなんて弾けないほうが面白い

吉村:でも、メロディや歌詞がある程度揃って録りに入ったのが『フランジングサン』だったじゃん。それで作り始めても演奏が面白くなかったんだよ。転んでもいいから、大きなカーヴを描きながら違う着地点に俺は行きたいわけ。それが俺の理想なんだよ。

射守矢:作業の効率はもちろん大事だとは思うんだけど、それだけじゃない気もするよね。

小松:もちろん。今の時代はとにかく時間が早いほうがいいって感じだけど、ブッチャーズは昔気質なバンドだからね。両方できたら面白いけど、それはそれで相当難しそうだよね(笑)。

吉村:じゃあ、次は全員シンセの打ち込みでアルバムを作ろうか?(笑) 極論を言えば、別にギターがギターじゃなくてもいいんだよ。歌なんてなくたって表現できるはずなんだよ。ギターなんて弾けないほうが面白いしさ。

──それ、吉村さんは普段からよく仰ってますよね。

小松:前に「ひさ子がドラムを叩いたっていいんだよ」って吉村さんが言ったことがあって、実際にちゃこちゃんが叩くと“叩けない人が叩くドラム”になるわけ。その面白さを求めてるのかと思ったら、吉村さんはちゃんと叩けるのを求めてるんだよね(笑)。

田渕:「ヘタクソ!」ってハッキリ言われましたからね(笑)。

小松:さっきの射守矢さんのダウンピッキングの話もそうだし、ブッチャーズって全員もの凄く真面目なんだよ。

田渕:単純にパートを入れ替えるとかじゃなくて、吉村さんはいつも新しい発想を求めてるんですよね。専門じゃない人が作る突拍子もないものみたいな。

小松:俺がちょっと見てみたいのは、吉村さんがギターを持たずにハンドマイクで唄う姿だね(笑)。

吉村:うるせぇ! そういう発想を求めてるんじゃないんだよ!

射守矢:仮に俺が俺なりのギター感で曲を書いてみても、ある程度いろんなことを見たり聴いたりしてきたわけだから、純真無垢の状態でギターを弾けないじゃない? 逆に奇をてらったことにもなってしまいそうだし、けっこう難しいよね。そこを取っ払って何かを生み出すっていう吉村の域に俺は到底達することができないしさ。

──ところで、本作のジャケットには深井克美さんという画家が描いた『ランナー(未完)』という作品があしらわれていますが、これはどんな経緯で?

吉村:俺が18くらいの時かな、たまたま寄った札幌の美術館で深井さんの個展がやってたんだよ。まだモヒカンだった時ね(笑)。その時に見た絵は全部覚えてないけど、何かグロいなぁ…と思って。

──柴 勤さんが著した『深井克美〜未完のランナー』という道新の本を入手したんですが、描かれる対象は異形なものが多くて、重苦しくも陰影に富んだ作品が多いですよね。

吉村:うん。“何なんだ、この人は?”とか感じつつも、いい絵を見たなと思ってね。後になってその絵のことを思い出して、名前は忘れたけどインターネットで検索してみたわけよ。函館の人で、最期は自殺したっていうのは覚えてて、それを打ち込んだら絵がいくつか出てきた。その中に画風が違うのが一枚あって、それが『ランナー』だったんだよ。何とも言えない透明感があって好きで、それをプリント・アウトしていつも家に飾ってたんだよね。昔からいつかその絵をジャケットにしたいなと思ってたんだけどさ。

──ReguRegu(札幌を拠点に活動する2人組の羊毛フェルト・アニメーション作家)が手掛けた『ocean』のPVも大変な労作ですね。2人の兄弟が小さな船で大海原を往く物語で、フェルト人形がまるで生きているように巨大なクロタコと格闘するシーンは特に圧巻でした。

吉村:ReguReguの小磯(卓也)はスピットファイヤーっていうバンドを一緒にやってた友達で、ツアーで札幌へ帰った時に何か新しいことをやってんなぁと思って。PVのことを話したら「是非作りたい」って言ってくれたし、昔から知ってるからお互いのやりたいことや価値観がすべて判るんだよね。小磯にはクリエイターの持つ愛情やセンスもあるし、間違いないと思った。音楽のために映像があるんじゃなくて、映像のために音楽があってもいいわけ。あのPVがあることで『ocean』の世界観も広がったしね。判らない人には判らないだろうけど、そこなのさ。こういう試みに“ポン”以上の“ポン”があるんだよ。

お利口さんなんてクソ喰らえ!

──『NO ALBUM 無題』というタイトルはまるで絵画の題名のようでもあり、吉村さんの頻出単語である“クソッタレ!”なスタンスも見え隠れしますね。

吉村:これだけ長い間やってるからテーマなんてないし、“無題”でいいんじゃない? って思って。あと、“NOT”よりも強い“NO”って言葉を突きつけてやろうと。

──それと、『kocorono 完全盤』が本作と同時発売となるのも大きなトピックですね。

吉村:それはキングレコードからの“ポン”だったんだよ。名越君(プロデューサーの名越由貴夫)と当時のエンジニアと一緒にリマスターできるのが条件だった。当時と同じチームじゃなければ簡単に違うリマスターになるし、そんなのはクソ喰らえなわけ。絶対他人には渡さねぇっちゅうか、絶対自分達でケツを拭かなくちゃいけないと思った。リマスターに関して言うと、名越君の耳がとにかくいいんだよ。あの耳の良さには俺もついてけないし、憧れる部分でもあったし、俺は名越君のことをあだ名で“先生”って呼んでたからね。射守矢と小松なんて、マスタリング・ルームで音に対して一言も言葉を発してなかったんだよ。

射守矢:名越君の耳が凄いのは昔からなんだけど、昔はもっと抽象的な表現の仕方をしてた気がする。それが今回は、名越君の頭の中に浮かんだ音を俺達に説明するのが具体的で的確だったね。凄いなと思ったよ。

吉村:昔のパーンとしたマスタリングが好きだって人は多いだろうけど、新しいのが嫌いっていう人は絶対いないと思う。新しいのはダメって思われるようなものには絶対にしたくなかった。

射守矢:リマスターの作業は相当難しかっただろうね。名越君も「オリジナルの音もやっぱり凄くいいよね」って言ってたし、それを踏まえた上で“さぁ、どうするか?”って作業だったからさ。

吉村:聴き直して思ったけど、小松の8ビートは新しいアルバムよりも『kocorono』のほうがうめぇだろうよ!?

小松:ホントですよね。俺もそう思った(笑)。

吉村:当時の練習テープを検証したんだけど、射守矢と小松がもの凄い会話のやり取りをしてるんだよ。

小松:だって吉村さん、スタジオに来なかった時とかあったじゃないですか?

吉村:そりゃいいじゃん。来ないほうがフックになるんだし。

射守矢:当時は俺が間に入って、吉村の通訳代わりみたいなポジションだったんだよ。小松に対して「吉村が言いたいのはこういうことなんだよ」っていう話はよくしてたね。

──射守矢さんと小松さんは『kocorono 完全盤』が出ると聞いてどう感じたんですか。

吉村:最初、この2人はちゃんと聞かされてなかったんだよ(笑)。

射守矢:でも、12ヶ月全部が入るのをイメージしたら単純にいいなと感じたよ。俺なら聴きたいし、出たら買うなと思った。

小松:3年前、U2の『ヨシュア・トゥリー』の20周年記念リマスター盤が出たでしょ? ああいうのをブッチャーズでやるなら『kocorono』しかないと前から俺も思ってたね。リマスター盤として出すなら『1月』は必ず入るよなって想像もしてたし。

──いわゆる世紀の名盤に手を加えることに対して抵抗はなかったですか。

小松:俺達よりもファンのほうがあるのかもしれないね。俺としては、裏ジャケにあるスヌーピーの人形をくり抜いて『1月』の歌詞をぶち込みたかったんだけどね(笑)。

射守矢:そんなことしたら、また回収になっちゃうんじゃない?(笑)

吉村:小松ってホントにセンスが悪いよねぇ(苦笑)。俺はどこまでも意地悪よ。『1月』の歌詞のプリントもそうだし、そういう精神は絶対に崩さないから。いつも“クソッタレ!”って思ってないとダメだし、糧となる部分はそこなわけ。お利口さんにはなりたくないんだよ、とにかく。そんなのはクソ喰らえなんだ。そうじゃないと、ロックンロールをやってる意味がないからさ。



NO ALBUM 無題

01. フランジングサン
02. 散文とブルース
03. 僕達の疾走
04. 1.2.3.4
05. black out
06. デカダン〜I'm so tired〜
07. ノイズ
08. 幼少
09. ocean
10. curve
KING RECORDS KICS-1518
2,940yen (tax in)
2010.3.10 IN STORES

★amazonで購入する

Live info.

無題ナノダ 5月15日(土)大阪:十三 FANDANGO
5月16日(日)名古屋:今池 HUCK FINN
5月21日(金)東京:新代田 FEVER

bloodthirsty butchers official website
http://www.bloodthirsty-butchers.com/

posted by Rooftop at 12:00 | バックナンバー
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