ギター レギュラーコラム

ジュリエットやまだのイケメンショッキング vol.1 岸田健作/kensaku('09年11月号)

※ここはイケメン以外掲載しないコーナーです。 イケメンショッキング

芸を突き詰めた結果、手に入れた新境地


 連載していた“ジュリエットやまだのあ・き・す・と・ぜ・ね・こ”が終了してしまい、立ち上がる気力もなくなっておりましたが、「やっぱりRooftopにはイケメンが必要なんじゃないか?」という神のような言葉により、形を変えて連載をさせていただけることになりました。  今回は、“イケメンショッキング”(どこかで聞いたことがあるのは気のせいだと思います)。イケメンにイケメンを紹介いただくという数珠繋ぎスタイル。そして、第1回目のゲストは岸田健作くん。いろいろな意味で感慨深いです。現在健作くんは、舞台俳優としてやバンドAtomic Sevenのボーカル、スプレー・エアブラシアーティストと、様々な分野で活躍中! 今回はAtomic SevenのボーカルのKensakuとして、12月にリリースされるCDのお話やら、今さら聞けないあんなことまでじっくりお話をしていただきましたよ★たぶん健作くんのイメージがちょっと変わると思います。


岸田健作/kensaku

◆ダンスとの衝撃的な出会い

今さらではありますが、芸能界に入ったのはいくつの時になるんですか?

「18歳で、高校を出てからになります」

どんな高校生だったんですか?

「ガングロでピアス、ドレッドで白いエクステを付けていました。それでも風紀委員の委員長だったんですよ。もちろんパーマとか茶髪とかピアスは基本的に禁止ですけど、やりきったらアリだよと身をもって提示したわけですよ。そしたら学校の先生にもここまで振り切ったら逆に素晴らしいって(笑)」

素晴らしい(笑)!? ダンスもその頃に始めたんですか?

「はい、高校の時からです。もともとサーファーでクラスメイトにはスケーターがいて、当時女の人にモテる趣味のベスト1位・2位ぐらいのだったのでフワフワした気持ちでやっていたんですが、合コンで“サーフィンやってるんだよね”と言ったのに全然モテなくて(笑)。そしたら“ダンサーいないの?”って言われて、その日の電車の中で“ダンスじゃね?”って話になって」

ウワついてますね(笑)。

「それで、その日からZOOのビデオを見てダンスの練習をしたらどっぷりはまっちゃって、卒業する頃には毎月イベントにも出ていたんです」

ちなみに、それでモテたんですか?

「それが、ダンスにはまりすぎて高校生活は学校行って、帰りに友達と公園で練習してを繰り返して、3ヶ月ぐらいしてからコンテストにも出るようになってました。派手な格好をしてたからチャラチャラした男に思われていたけど、全然遊んでなかったですね。で、高校の卒業パーティーの日が芸能界との出会いになるんです。六本木にあるクラブでやったんですが、エレベーターに乗ったらタモさんがいて…」

え!?

「タモさんと、その周りに黒いスーツの大人たちがいて一発で気付いたから、ダンスのメンバーと“ウワー! チョータモリじゃん! ”って言って、もちろん注意されましたけど…。その時、タモさんはビルの途中で降りて、俺達は他の階で踊っていたらさっき会った黒スーツの方達が見てたんです。絶対怒られると思ってショーが終わって裏から逃げようとしたら捕まって、何を言われるかと思ったら“ダンスいいね”って。しかも“芸能界に興味ある? いいとも青年隊にならない?”って言われて。そんな話ウソだと思ったんですが、名刺をもらって家で親に見せたら“この事務所大手だぞ!”って。僕、高校を卒業したら美容師さんになりたくて専門学校にも行く予定だったんですが、ちょっと考えて電話したら説明してくれて“4月のクールから出てもらいたいんだけど”って、最初は半年ぐらいって言われたんです。それで、なかなかできる経験じゃないから、半年で終わって専門学校に行くこともできると思い、レッスンを受けてデビューして。そしたら僕が喋るタイム感より世間のタイム感が早かったみたいで、タモさんがおもしろがってくれて青年隊としては半年の予定が気付けば3年が経っていたんです。その間にドラマやバラエティーにも出させていただけるようになってました」

◆今は心の底から充実している

タレントをやって、その後バンド活動を始めるわけですが、その間はどんなことをされていたんですか?

「ある時、自分はタレントを続けてていいのか? と思ったんです。スタートがフワフワしてるから、そんな人間がこんな厳しい世界でやっていけるわけがないと思って、一度リセットして1からアルバイトを始めようと思ったんですが、履歴書も書いたことないし、どうやってやったら良いのかわからない。家賃が払えなくて家を追い出されて25、26歳で家なき子ですよ。“同情するなら金をくれ”という言葉が胸に染みました(笑)」

実家に帰るとかは?

「実家は親が心配するから帰れなくて代々木公園に寝泊まりして、無料で配布しているアルバイト情報誌を見てひとつめの仕事は仕分けでした。それで、ちょっと余裕ができた時に、ふと“自分に何が出来るんだろう”って考えたらダンスしかなかったんですよ。ダンスを使って何かできないかと考えて、そしたら音楽なんじゃないかと。当時バンドに興味があったんです。バンドってみんなでクリエイトするものだから、自分の芸で何かができるんじゃないかって。でも、バンドをやってる友達もいないから、その時に持っていたお金を漫画喫茶に全部投入して、メン募で探して後日会ったら10代ぐらいの子に“チョー岸田健作じゃん”って言われて…。」

いつかの健作くんみたいですね。

「そうなんです(笑)。それからメンバーが決まり、メンバーの家のキッチンに寝泊まりさせてもらったりして…。でも、数ヶ月前の生活に比べて雲泥の差なのに全然辛くなかったんです。地に足付いてる感があって、心からの充実はそこから味わい出した感じですね。アルバイトを続けて家を借り、メンバーチェンジを経て、ライブハウスに知り合いもいないから飛び込みでデモテープを持って行たんですけど“岸田健作くんでしょ”って言われて、冷たく扱われるかノルマはいらないので出て下さいって言われるか。でも、当時からバンド名はあったのに、スケジュールには“岸田健作(いいとも青年隊)”って書かれるので“バンド名に変えて下さい”って言ったら、“じゃあノルマ払って下さい”って言われたり。全然払いますからって1から始めて、お客さんがほとんどいないところでライブをやったりもしました」

テレビの世界に戻ったのは?

「27歳ぐらいです。事務所に入ってもすぐに仕事はないので、変わらずにバイトしてバンド活動やって」

顔が知られてる分、バイトをするにしても苦労があったんじゃないですか?

「工場の流れ作業をやっていたんですけど、向かいで作業している人がチラチラ見てきて気が散ってしまうので、バイト中ずっとしゃくれてたことあります(笑)」

ささやかな抵抗ですね(笑)。

「交通整理もしましたよ。働くことに対して今まで経験しなきゃいけなかったことをしてこなかった分、凝縮してやった感じでした」

代々木公園で生活していた時代の経験は、今も生かされてますか?

「全部の仕事に対しての取り組み方に影響は出ています。この世界でやるにも他の仕事するにも、やって良かった経験ですし、財産だと思っています。自分自身に対しても厳しくなりましたし。ただ、良くも悪くも自分の考え方に軸ができてしまったんです。20代の時は良くも悪くも流されていましたけど、今は何かやりましょうって時に、そこに携わる全ての人がどういう気持ちでどういう方向に向かっているのかを知った上で一緒にやりたいと思うんです。自分も納得するまで聞くし、聞いてもらうし」

地に足を付けた状態で物事を進めたいということ?

「はい。だから今は充実しています」

そしてバンドは、CDがリリースされるんですよね。

「はい。初めて願いが叶いました。自分がクリエイトした言葉やメロディーや歌を商品として出すようになりたいと思って始めてますから。ただ、ここに来てバンド名をATOMIC★7からAtomic Sevenに改名したりとアマチュアでやってた頃とイメージを一新しました。」

となると、新たなAtomic Sevenはここから始まるという感じ?

「そうですね。まずはタレント岸田健作でなくKensakuという人間がVo.をしてるAtomic Sevenというバンド名を知ってもらいたいです。詞・曲も書き、今回CDジャケットのプロデュースもしています。アマ時代はラップのみのミクスチャーバンドでライブ活動していた時もあったんですが、徐々に音楽性や伝達方法も変わって、今のAtomic Sevenとしてのジャケットや音源のようになりました」

そうなるとこの作品が出て、もっと環境は変わっていきそうですね。

「今回は過去の曲をリアレンジしたものがほとんどで、今まで応援してくれた方々へ“ありがとう”、これから応援してくれる人には“初めまして”の意味を持たせています。ようやくスタートラインに立てた感じなので、ここから1になるように進み始めるところです」

ところで健作くんのダンスは、バンドになってどのような形で見ることができますか?

「ちょうど模索しているところです。いろいろな方々にアドバイスもいただき、今後の活動もステージ上のパフォーマンスもどんどん良くなって行くと思います。ライブが12月24日に決まっているので、ぜひ見に来て下さい!」

今でもいろいろな肩書きがありますが、来年はどうなっていきたいですか?

「音楽に力を注ぎたいです。Atomic Sevenは、ありがたいことに全国で応援してくれる人が増えてきているので、ツアーをやって自分の足を使ってもっと広めていきたいと思っています」

では、最後に一言お願いします。

「今までの岸田健作とは違い、バンドとしてのKensakuは今年の一年生なので改めてよろしくお願いします!!」


INFORMATION


1st.マキシアルバム『Atomic Seven』

WBN-0103 / 2,100yen(tax in)
12.16 IN STORES
発売元・販売元:ウァーバンミュージック

★amazonで購入する

■スケジュール■
12.07(mon)レインボータウンFM 【公開生ラジオ】
出演時間 21:00〜20分
※Atomic Sevenとして生出演

12.17(thu)Naked Loft ※四人トークイベント
“四-YONIN-祭!!〜六日目〜”
OPEN 17:30 / START 18:00
前売¥1,500 / 当日¥1,800(ともに飲食代別)

12.24(thu)六本木モーフ
“Atomic Seven ライブ”
21:00予定


■BLOG■
オフィシャルBLOG(アメブロ)
【健作とKENSAKUを検索】
http://ameblo.jp/kishida-kensaku

岸田健作/Kensaku
MIXI公認アカウントBLOG(MIXI)
http://mixi.jp

■Atomic Sevenオフィシャルサイト■
www.atomic-seven.com


来月はelsaさん(jealkb)をご紹介頂きました〜。お楽しみに〜★

posted by Rooftop at 12:00 | レギュラーコラム
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