鏡雨〜kagamiame〜
街の情景と君の心を映し出す鏡の如き雨滴
通算22作目となるSIONのオリジナル・アルバム『鏡雨〜kagamiame〜』は、初夏の訪れを感じる今の季節にうってつけの詩歌集だ。降りしきる大粒の雨が映し出す街の情景や人の心をテーマに綴られた11篇の歌は、時に野武士の如き武骨さで“みんな違うから分かろうとするんだろ”と喝破し、時に自分がずぶ濡れになりながらも守るべき人を一滴も濡らすまいとありったけの優しさで包み込み、時に胸を掻きむしる慕情に激しく身悶え、時に雨滴のように美しいアコースティックの音色と共に胸の音を呟き、時に過ぎ去った昨日と頼りない明日をスライドさせながら亡き父を思い、時に記憶の糸を辿りながら今日の大切を大切にしようと心に誓う。それらの物語は、THE MOGAMI(松田文、池畑潤二、井上富雄、細海魚、藤井一彦)、The Cat Scratch Combo(藤井一彦、清水義将、相澤大樹)という肝胆あい照らす仲の面々による情感の籠もった演奏に導かれ、しなやかに紡がれていく。そして、磨りガラスの向こうにある鮮やかなオレンジに彩られた世界一美しい朝を迎えて物語は静かに幕を閉じるのだ。しゃがれながらも慈愛の響きに満ちた“おはよう”という囁きと共に。四半世紀に及ぶキャリアだからこそ醸し出すことのできるコクとまろみを帯びた歌声、琴線に触れる流麗な旋律が織り成す純真な歌たちは、飾りをいっさい排除した鏡になってあなたの心を鮮明に映し出すことだろう。そう、本当のことだけを静かに語り掛けるそぼ降る雨のように。(interview:椎名宗之)
『Naked Tracks〜光へ〜』は
親父のために残しておきたかった
──去年の11月に初の宅録アルバム『Naked Tracks〜光へ〜』を発表したのは、どんな意図があったんですか。
SION(以下、S):去年の正月くらいかな、ウチの親父があと数ヶ月しか持たないって聞いたんだよ。俺は早く家を出たのと、家にいた頃も親父は漁師だったので、家に帰って来るのは何年に一遍かだったから会った回数も少なかったんだけどね。でも、好きだった親父のために何か作品を残したいと思って。その頃はもう『住人〜Jyunin〜』の曲作りもしていたんだけど、それとは別にアルバムを残しておきたかった。きっかけはそんなところかな。
──『住人〜Jyunin〜』のような徹頭徹尾バンド・サウンドにこだわったアルバムではなく、もっとミニマムでシンプルなアルバムにしようと?
S:うん。部屋で独りで唄っている感じをそのまま出そうと思って。既発曲のデモ音源を発表できたらいいなとは前から考えていたんだけど、親父がきっかけになった。あと、両親が今の俺くらいの時の写真があって、それをジャケットに使いたかったことも大きかったね。
──お父様がお母様のシャツの襟を直している、とても仲睦まじい写真ですよね。
S:こっちの気持ちを知ってか知らずか、アルバムが出るまで生きててくれたから良かった。作品としての良し悪しはさておき、ああいうふうに形にすることができたのが俺としては嬉しい。通常のアルバムとは別に、あんな宅録アルバムはこれからもライヴ会場と通販だけで出していきたいと思ってる。
──THE MOGAMIやThe Cat Scratch Combo(以下、CSC)とがっぷり四つに組んだアルバムとは趣の異なる味わい深い作品だし、是非発表し続けて頂きたいですね。本に喩えるなら私家版と言うか、SIONさんのプライヴェートを垣間見る面白さもあると思うんです。
S:ネコの声から電車や車の走る音まで入ってるからね。隣りに住んでるジイさんの屁の音はさすがに消したけど(笑)。
──私見ですが、『Naked Tracks〜光へ〜』というシンプルな響きのある作品を経てこその『鏡雨〜kagamiame〜』だと思うんですよね。実際、『Naked Tracks〜光へ〜』に収録されていた『karan』、『Slide』、『磨りガラス越しのオレンジ』も改めて採り上げられていますし。
S:今は昔みたいに“曲が出来たからレコーディングしたい”っていうふうには事が運ばなくなってきているから、ヘンな言い方になるけど、“これでしばらくレコーディングができなくなるかもしれない”という覚悟が毎回あるんだよ。だから俺としては、今回もまたレコーディングができて、こうして『鏡雨〜kagamiame〜』を出せることが単純に嬉しい。“ありがとう”とみんなに感謝したい気持ちもあるしね。
──野音でのライヴを前に発表する新しいアルバムも、本作でかれこれ3作目となりますね。
S:やっぱり、野音には新しいアルバムを持っていきたいんだよ。まぁ、去年はちょっと慌てたけどね。野音はここんとこ8月だったけど、去年は6月になったから。今年は去年と逆で、もしかしたら6月になるかもしれないと覚悟は決めつつ、男・石川(石川純、ホットスタッフプロモーション)よ、早く決めてくれ! と思ってたんだけど(笑)。
──『住人〜Jyunin〜』には憤りの感情をストレートに体現した楽曲が多かったので、本作で聴かれるアコースティックを基軸とした叙情的な楽曲が余計に際立っているようにも感じますね。
S:そういう曲もあるね。『住人〜Jyunin〜』はアコースティック楽器の比重を減らして、ロックでパンクに徹したアルバムにしませんか? っていうプロデューサーからの提案もあったからそうしてみたんだけど、今回は店長(アレンジャーのこと)のみんなに楽曲ごとのいい部分を伸ばしてもらうことを第一に考えた。俺のデモを一切気にすることなく、各々が感じ取ったイメージでやってもらおうと思ってね。いつもデモの中には要となるメロディを入れてあるんだけど、それも無視してくれて構わないよ、と。まぁ、それで180度変わることはないけど、楽曲のいいと思うところを伸ばしてやって欲しかった。
そぼ降る雨に“あんた、鏡みたいやねぇ”
──楽曲の持ち味を最大限まで引き出してもらうということですね。
S:うん。1曲ごとに場面が完全に切り替わるくらいでも構わないって言うかね。
──それにしても、ブログを拝見すると非常に合理的なレコーディングなのが窺えますね。4日で10曲を完成させるという早業で。
S:そうだね。何せ、構想1週間、録り4日、だったから(笑)。基本的には同録だし、リズム録りだけで何時間も掛けるやり方じゃないから早いよ。もちろん、早けりゃいいってもんじゃないけどさ。エラそうにブースに座って「そうじゃないんだよなァ…」なんて言いながらリズムを録ったりするのも一度くらいはやってみたいけど(笑)、多分飽きるんじゃないかな。「もういいや、この曲要らない!」なんて言ってね(笑)。「せーの!」で録るのは単純に気持ちいいし、俺の性には合ってるんだと思う。
──最終的にファースト・テイクを採用することがやはり多いんでしょうか。
S:ファースト・テイクもあるね。大抵は2回くらい演奏して、その後に「各自、自己申告のある方はどうぞ」っていうケースが多い(笑)。ツアーから戻ってきて曲にまた違った雰囲気が出てくることはあるけど、スタジオで5回も6回もやって良くなっていくケースはほとんどないからね。「やぁ、久し振り!」ってスタジオで松田さんに会い、池畑さんや井上に会い、「どうやった、元気やった?」とか話しながら楽曲の大まかな感じを伝えてから録るんだけど、これがまったく申し分のない出来になるんだよ。
──それはもう、阿吽の呼吸なんでしょうね。
S:MOGAMIももう7年くらいになるからね。それも名前を決めたのがその頃ってだけで、松田さんや池畑さんとは25年とかになるし、一番新しい一彦だって最初にやったのは15年くらい前になるんかな。CSCはまだ2年くらいだからMOGAMIほどの阿吽の呼吸というわけにいかないところもあるけど、そこはバンマスの一彦が一生懸命引っ張ってるね。
──ただ、ボ・ディドリー風なリズムから徐々にリズム・パターンが変わる『雨に混ざらず』みたいな曲を聴くと、CSCのアンサンブルが格段の成長を遂げたように感じますね。去年は駆動力のあるCSCとのライヴが多かったし、ライヴで得た経験値の高さがレコーディングにも如実に反映しているんじゃないかなと。
S:うん、それは凄く思うね。大樹はまだ20代だから、ライヴでグッと入り込む時の勢いが凄まじい。それはライヴをやっていて背後から感じるね。去年、MOGAMIは野音でしかやってないし、後のライヴはCSCか松田さんとふたりでやるかだったから、俺にしてはCSCはかなりの本数をやったことになるんだよ。ライヴ前のリハーサルで何曲か通しでやる時、そこがどれだけ音響の悪い環境でも“ああ、凄くいいバンドだな”と思うことが多いよ。「これもひとえに俺の頑張りです」って一彦は言うかもしれないけど(笑)。
──タイトル・トラックの『鏡雨』には降りしきる雨が街や君を映し出す鏡となるという意味の歌詞がありますが、“鏡雨”とはまた叙情的でイメージの広がる言葉ですね。
S:ザーッと横殴りの雨の日は心がざわつくこともあるけど、ただまっすぐ、まっすぐ強く降っている雨が降る様を見つめていると、いろんなものを映し出してくれるんだよね。上から下へ雨の滴が落ちてきているのか、下から上へ上がっているのか判らなくなる時があるんだけどさ。青空を見ている時よりも、雨が降るのを見ている時のほうが自分の中でいろんな感情が渦巻いていることに気づく。そんな時に“あんた、鏡みたいやねぇ”って雨に向かって思ったりする。そんなところから“鏡雨”っていう言葉が頭に浮かんだんだよね。
──澄み切った青空よりも、降りしきる雨のほうが曲作りのインスピレーションも生まれやすいものですか。
S:うん。穏やかに晴れ渡った空だと“あとはおっぱいさえあれば”やし(笑)。
NYセッションの空気に似た『お前がいなけりゃ』
──『鏡雨』然り、『磨りガラス越しのオレンジ』然り、MOGAMIの演奏は質実剛健の一言に尽きますね。気骨逞しい野武士のような貫禄があると言うか。
S:あれは何なんだろうね。池畑さんも全然ブッ叩いているわけじゃないんだけど、芯の太さがちゃんとある。“もうズルいんやから、先輩たちはァ…”なんてみんなから言われてるんだよ、きっと(笑)。
──松田店長のもと、池畑さんと井上さんが参加した『放つ』と『今日の全部を』の2曲も、まるで一筆書きのような力強さとしなやかさを感じさせる名演ですね。
S:『放つ』は、池畑さんがギルドで松田さんのリフを一生懸命弾いてたね(笑)。もちろん実際の演奏では弾いてないけど、あのアピールは「俺にも弾かせろ!」ってことだったのかな?(笑)
──そう言えば、ブログにもギルドを抱えた池畑さんの写真がありましたね(笑)。
S:最近はどこへ行くにもギルドを持ち歩いているみたいだね。池畑さんと「どうすか、元気ですか?」なんて話をしていた時に、池畑さんのポケットから何かが落ちたんだよ。何かと思ったらピックだった。「あれ、ピックなんて珍しい。どうしたんですか?」って訊いたら、「いやァ、最近ギターを手に入れてね」って(笑)。ギター・アンプまで持ち歩いていらっしゃるらしいよ、先輩は(笑)。
──MOGAMIとCSCにきっぱりと分かれるのではなく、楽曲の持ち味を最大限に引き出すための人選の妙みたいなものも感じますね。『雨に混ざらず』や『Slide』のようなCSCと魚さんという編成だったり。特に『Slide』で聴かれる情感の籠もった魚さんのアコーディオンは白眉だと思います。
S:魚は俺たちと違う人種なんじゃないか? ってたまに思うことがある(笑)。オルガンの音ひとつでも独特だし、魚のCDを一彦と聴くと、「サビはどこだろうね?」みたいな話になるからね(笑)。
──『お前がいなけりゃ』は、SIONさんの歌と魚さんの弾くフェンダー・ローズ、ギター、プログラミングだけというシンプルの極みを行く音作りですよね。本作の収録曲の中では『Naked Tracks〜光へ〜』の質感と一番近い気がしますが。
S:『お前がいなけりゃ』は最初から魚にお願いしようと思っていて、ちょっとギターが入る程度に考えていたんだよね。俺のデモを聴いた魚から「こんな感じで如何でしょう?」とアレンジが届いて、「できればこのアレンジに歌を入れて送ってくれませんか?」と連絡があったので、家で歌とコーラスを唄ったものを送ってみた。それを魚が手直しして送ってくれたんだけど、その出来が凄く良かったんだよ。鳥肌が立つくらいにね。で、そのデモを元に生ギターを人に頼んで入れてみたりしてくれたんだけど、俺にはデモの段階のほうが良かったんだね。それで、魚はあれが本番になるとは思ってないから不本意かもしれないけど、デモのままの状態で誰にも触らせずに魚にトラックダウンまでお願いした。俺はあのレコーディング前のテイクにマーク・リボーたちと一緒にやったニューヨーク・セッションの空気に似たものを感じて、大興奮したんだよ。だからどうしてもあの状態のままで残しておきたかった。
──その『お前がいなけりゃ』の歌詞に顕著ですが、同じフレーズを何度も繰り返すことで伝えたいことの核を表出させる手法が全体的に増した気がしますね。情景を説明的に伝える“詩”ではなく、メロディと寄り添う“詞”の比重が増したと言うか。
S:うん。昔みたいなあの手この手の言い回しが面倒くさくなったと言うか、そんなに無理して引っ張らなくても伝えたいことをそのまま伝えればいいんじゃないかと思ってね。
──メロディやサウンドも歌詞と同様に雄弁なわけですから、くどくど説明するのも無粋ですよね。
S:そうなんだよね。だから、今はその曲の中で伝えたいのはこれだけだと思えば、ちょっとしつこいくらいに歌詞を繰り返すようになった気はする。
“あの時のあなたの歳になった”自分
──『Naked Tracks〜光へ〜』の収録曲を本作で改めて採り上げる基準みたいなものはあったんですか。『karan』や『Slide』は最近のライヴでも重要な位置を占めている楽曲ですけど。
S:『Naked Tracks〜光へ〜』はレコード屋さんに売ってないアルバムだし、いつか消えてなくなるかもしれないっていう感覚が俺の中にはあるんだよ。それはそれで美しいんだけど、いつまでもちゃんと残しておきたい楽曲でもある。『karan』は松田さんとふたりでライヴでやっていて、時々凄い世界に行くことがあるから、これは是非アルバムに入れたいと思って。『Slide』はライヴでCSCと一緒にやる感じが好きでね。『磨りガラス越しのオレンジ』は単純に好きな曲だから。誰かの機嫌を取るつもりはまったくないよ(笑)。まぁ、リクエストも多かったんだけどね。『Slide』はずっとCSCでやっていたから、あの感じで音源にして欲しいっていう。
──故郷よりも東京での生活が今や長くなって、“あの時のあなたの歳になった”と唄われる『Slide』ですが、これはお父様に捧げられた楽曲なんでしょうか。
S:うん、親父さんに捧げた。『karan』もそうなんだけどね。会ったのは何回かしかないんだけど、『Slide』や『karan』みたいな曲を書いておいて良かったと思うよ。自分が唄うたびに親父さんのことを思い出すことができるからね。
──ちなみに、お父様はSIONさんの音楽を聴いてどう感じていらっしゃったんでしょうか。
S:何も言わなかったねぇ…。ホントに会う機会も話すことも少なかったから。東京へ出てきて、まだデビュー前の頃に東京駅にある銀の鈴のベンチに座りながら「生活は大丈夫なのか?」「ああ、心配ない」って会話を5分くらいしたけど。あと、大阪のライヴにぽつんと現れたこともあったかな。
──『Slide』を聴いて思ったんですが、SIONさんが19歳で上京して今年でもう30年経つんですね。
S:そうそう。歌詞にある通り、東京での生活のほうがずっと長いんだよ。東京に出てきて2、3年くらいは「田舎に帰ってくる」って言うんだけど、そのうち田舎へ行っても「東京へ帰らなきゃいけないから」って東京がホームのような感覚になる。街の景色の変化も、田舎より東京のほうが目に付くしね。新宿の北口のほうへ行くと“うわ、こんなになっちゃったんだ”って驚くし、真新しい景色は東京で感じることのほうが多い。ほとんど田舎に帰ってないってのもあるけど(笑)。俺が東京に出てきた頃は、新宿の西口に高層ビルなんてまだ何本も建ってなかったし、西口のバス・ターミナルなんて原っぱみたいなもんだったからね。西口会館も汚かったしなァ…。それこそ、新宿ロフトも小滝橋通りから歌舞伎町に移ったしね。
──今年で丸10年経ちますね。“過ぎ去った昨日と頼りない明日が測ったようにスライドする”のは、『今日の全部を』も同じですよね。昔の恋人の残像を思い出して、その残像が“今日の大切を大切に”することを今の自分に教えてくれる。これも過去と現在がスライドする瞬間だと思うんです。
S:なるほどね。『Slide』をどういう思いで書いたかはもう忘れちゃったけど、“生まれた街での暮らしより/此処で暮らした時間が/いつの間にか長くなって/あの時のあなたの歳になった”というフレーズはもう何年も前に違う歌にあったんだよ。実際に自分が親父さんと同じ歳になってみると、“こんなに幼くていいのかな?”と思うね。小さい頃に30歳って言えばもの凄く大人に感じたし、40歳なんて言ったらもう大変なことのように思えたけど、いざ自分がなってみると感じていた重みが自分には全然ないような気がする。
──でも、お父様の年齢になってみないと見えてこないものがたくさんありそうですけど。
S:そうだね。やっぱり、人って無敵のままではいられないんだなって言うかさ。歳を取れば取るほど臆病になる部分もあるし、“そうはいかんのだな”ってままならぬことも納得せざるを得なくなる。時々、70歳を過ぎても元気が良くて、キレイな酒の呑み方をするジイさんに会ったりとかすると、話をいっぱい聞きたくなるもんね。
清志郎さんの訃報を聞いて力が抜けた
──確かに。『お前の空まで曇らせてたまるか』にある“無理をしないで生きていられる者はこの世にはいない”という歌詞も、ある程度歳を重ねてみないと判らない境地ですよね。
S:20代の時もそう思っていたんだろうけど、その当時とはまた違うんだね。まさに“武士は食わねど高楊枝”なんだよ。
──貧しさで物が食えなくても、満腹を装って不義を行なわないという。
S:闘い方然り、立ち居振る舞い然りね。まぁ、だがしかし…それでも胸を張って行くしかない。“大丈夫、全然問題ない”ってカラ元気でも行くしかないんだよ。
──あと、『Teardrop』の“一途にここを信じているが/同じ数だけ絶望も連れて”という歌詞も真理だし、リアルな表現だと思うんですよね。
S:やっぱり、そんな境地になるよね。若い頃に抱いていた根拠なき自信はどこからやって来てたんだろうね?(笑) 20代の頃は“自分以外は全部カス!”くらいに思ってたから(笑)。対バンする連中はみんな敵だったし、諸先輩方に対しても“何だこの野郎!”って思うところがあった。(忌野)清志郎さんとも結局最後までちゃんと話すことがなかったけど、昔付き合ってた彼女の部屋に清志郎さんのポスターが貼ってあったのを見た途端に大ッ嫌いになってさ(笑)。それまでは割と好きだったんだけど。そんなこと好き嫌いには全然関係ないのに、おかしなもんだよね(笑)。
──そう言えば、清志郎さんの訃報に触れたのは今回のレコーディングの真っ只中でしたね。
S:録りの2日目(5月1日)の翌日の夜だったかな。俺自身は清志郎さんのことをマルッと全部好きなわけじゃないし、よく知ってるわけでもないんだけど、あの世代の人たちが70歳、80歳になるまでロックの雛型を作ってくれないと、随分と日本のロックが格好悪いことになってしまう気がする。そんな思いがあったから、訃報を聞いた時には力が抜けたね。それは今回のレコーディングに参加してくれたみんなも同じだったんじゃないかな。清志郎さんの音楽を聴いてる、聴いてないに関係なく、何かがゴソッと抜け落ちた感覚があったように思う。
──5月4日にSHIBUYA-AXで行なわれた『MUSIC DAY』にCSCと共に出演された時、『新宿の片隅から』のエンディングで『スローバラード』の“昨日はクルマの中で寝た/あの娘と手をつないで”という一節を唄っていらっしゃいましたよね。
S:俺は清志郎さんの歌を唄うほどの付き合いじゃなかったからためらった部分もあったけど、やっぱり唄いたくて、本番のステージに出る直前に一彦に「最後の曲エンディングを伸ばしてくれ」と言って一節だけ唄った。俺にできるのはそうやって「ありがとうございました」って清志郎さんに感謝することくらいだったから。
──清志郎さんのような乗り越えるべき偉大な先人たちが年々少なくなってきている無念さもありますか。
S:乗り越えるとかとは違うけど……悔しいだろうなって思う。尾崎(豊)が死んだ時も思ったけど、まだ唄いたいという思いがあったのなら、きっと凄く悔しいだろうなって。
──『新宿の片隅から』の発表から来年で四半世紀が経つことになるし、SIONさんの背中を追いかける後進たちも今や多いと思うんですが。
S:いや、俺なんてまだまだ。清志郎さんは全国区で名前が売れていながら尖ったこともやれる人で、そういうのが俺は大事だと思うんだよね。それに比べて俺は地下生活みたいな活動だし、50歳になってキャーキャー言われるくらいに売れたら話はまた違うかもしれないけどさ(笑)。「見てろよこの野郎、50歳になる頃にはキャーキャー言われるようになるからな!」なんて公言してたけど、だいぶ先のことのように考えていたのに、もう来年の話になるんだからイヤになるね(笑)。マズイな、発言を撤回しないと(笑)。
──ははは。ただ、今日までずっと歌を唄い続けていられるのは幸せなことですよね。
S:そうだね。最初に言ったようにまた新しいアルバムを出せることが嬉しいし、ここ2、3年、音楽に身を投じる時間が格段に増したんだよね。何かに追い立てられているのか、焦っているのかは判らないけど。何かに怯えているのかな? と自分では思ったりもする。ニッコリ笑って正気を保っているためには歌を唄い続けるしかないのかもしれない。
完成した瞬間に気持ちは次の歌へ向かう
──確かに、ここ数年の多作振りには目を見張るものがありますね。吐き出さざるを得ない強い衝動に突き動かされているようにも見えます。
S:レコーディングって言うくらいだから、記録として残しておきたい気持ちは強いよね。昔みたいに格好つけて“今ここで死んでもこの10曲が残る”っていう感じじゃないんだよ。今は昔以上に、出来上がった作品を聴かずに次の作品へと向かってる。今回の『鏡雨〜kagamiame〜』もレコーディング中にああでもない、こうでもないと試行錯誤を繰り返したけど、完成した瞬間からもう気持ちが次の歌に向かってるんだよね。だから正直な話、このインタビュー現場へ来る前に自分が何をしたか確認のために『鏡雨〜kagamiame〜』を改めて聴いてきたんだ。こういうインタビューでもホントは『鏡雨〜kagamiame〜』についてもっと熱を込めて語らなくちゃいけないんだけど、俺の中ではもう次なんだよ。
──凄くSIONさんらしいと思います。SIONさんの最高傑作は常にネクスト・ワンですから。
S:あと、聴いてる人はどう受け止めているか判らないけど、ここ何枚かのアルバムはもう“俺が俺が”じゃないんだよね。自分自身のことよりも俺の大事な仲間が彼女を想うことが主題だったり、“俺”っていうフレーズが少なくなって、しかもその“俺”も実は俺自身のことではなかったりする。
──なるほど。やりたいことが溢れ出すと、作品として形にすることや演奏面でもどかしさが生じるものですか。
S:ギターをもっとちゃんと弾けたらなとは思うね。ギターが拙いと気持ちが追いつかなくなるから。一彦でも花田(裕之)でもいいから、寝てる間に腕を取り替えてやりたいなと思うよ(笑)。
──歌に関してはどうですか。聴き手としては年々凄味が増しているのを感じますけど。
S:いや、未だにヘタだよ。スタジオでも安定した声を出せないもどかしさが未だにあるし、なかなか思うようには唄えない。自分が思い描く感じで唄えるようになればなと思うね。そんなことを考えるようになったのもこの2、3年の話なんだけど。時々、自分でも“ここまで行けたか”と思えるような歌が唄えた時は快感だからね。“今日はどうしたんだ?”ってくらい思い通りに声を操れたりして。俺もヴォイス・トレーニングに行ったり、“あなたもこれで歌がうまくなる”なんて本を買ったりしたほうがいいのかな?(笑)
──逆にSIONさんがそんな本を書いたらベストセラーになりそうな気もしますが(笑)。
S:それもアリかな?(笑) 長いことやってるのに、自分の声もちゃんとコントロールできないんだから説得力はないだろうけど(笑)。
──SIONさんの多作振りについてもう少し言及させて頂くと、関ジャニ∞に提供した『どんなに離れてたって傍にいるから』(『PUZZLE』収録)という曲があるじゃないですか。そのセルフカヴァーを本作に収録しても良さそうなのに、敢えてそうしないのは、絶えず新しい楽曲が生まれ続けているからこそと言えるんじゃないですか。
S:そういう部分もあるね。でも、セルフカヴァーを入れるのも問題ない。提供曲に関して言うと、「こういう感じの曲を書いて下さい」って言われて誰かになろうとしても、どうしても自分の言葉になっていくものなんだよね。だから、誰かのために書いた曲でも必然的に自分の思いが凝縮したものになる。唄う人のことを思い浮かべながら曲は書くけど、最終的には自分の歌になるんだね。それがもう少し自分のことを外から見て歌を書けるようになれば、職業作家として活動もしていけるんだろうけど(笑)。
──楽曲を提供してどう唄われるかという面白さもありますよね。
S:うん、あるね。それとはまったく別で、要請とか関係なく好きな人に曲を書くのは楽しいし、書かずにいられない時もあるんだよ。
──本作の話に戻りますが、最後を飾る『磨りガラス越しのオレンジ』を聴くとMOGAMIの辣腕振りが手に取るように判りますね。『Naked Tracks〜光へ〜』に収められたヴァージョンとの比較を楽しむ面白さもあると思いますし。
S:そうだね。“こうやって来るか!”っていう。そうでなきゃ困るしさ、MOGAMIなんだから。
──“ふたりで103歳”のデュオ・ライヴで勝手知ったる仲の松田さんによる采配も大きいんでしょうね。
S:大きいね。もう今年の暮れには“ふたりで105歳”になるのか…。その辺の若いトリオのバンドよりも年上になってるんだから、まったく恐ろしい話だな(笑)。
俺の歌が聴く人の歌でもあって欲しい
──降りしきる雨が止んで、オレンジ色の鮮やかな朝がやって来る…その朝が希望の象徴のようで、『磨りガラス越しのオレンジ』はアルバムを締め括るに相応しい楽曲だと思います。
S:俺が音楽を聴いても映画を見ても思うのは、絶望のまま放り投げられたくないってことなんだ。もうそんな余裕はないんだよ。暗澹たる結末の映画を見ると、“おい、この2時間を返してくれよ!”くらいに最近は思う。哀しみや世界の終わりと戯れる時間なんて今の俺にはない、楽しく終わりたいんだ、って言うかさ。俺が好きな音楽っていうのは、“何だこれは!”と身体が打ち震えたり、“俺も何かをやらなきゃ!”って気持ちを奮い立たせてくれたり、スッと力が抜けたりするようなものなんだよ。だから今回のアルバムもそういう内容にした。体熱がグッと上がって、“よし、俺もやるぜ!”っていう気持ちにさせてくれる歌や、体や肩の力がふっと抜けて、少し楽になれる歌を唄いたかったんだよね。
──まさに『今日の全部を』の“やらなきゃな やらなきゃよ”、ですね。
S:うん。好きなんだ、そんな歌が。
──気持ちが常に次の作品へ向かうモードということは、すでに次作の構想や新曲のアイディアがいくつもある感じですか。
S:今はまた『Naked Tracks』を作ってるよ。実はもう去年の段階で『Naked Tracks』の第2弾が完成したんだけど、“俺はもうちょっとギターを巧く弾けるんじゃないか?”って欲が出てきて録り直し出したら、何だか取り返しのつかないことになっちゃってね(笑)。毎日その作業をずっと続けてるんだよ。『鏡雨〜kagamiame〜』に入ってるのと被さってる曲もあるし、被さってない曲が半分以上あるんだけど、そういう展開が俺の中では面白い。『Naked Tracks』の中でしか唄えない歌もあるからね。雨の一滴のようにポトンと落ちたような歌は、大々的に形にしなくても『Naked Tracks』に収めるくらいがちょうどいいし。
──年内にはリリースを期待しても良さそうですか。
S:出したいと思ってる。今度こそはビキニのジャケットでね(笑)。文字通り“Naked”な感じでさ(笑)。
──『鏡雨〜kagamiame〜』のような大作と『Naked Tracks』のようにプライヴェートな小品の両輪があるバランスがいいんでしょうね。
S:そうだね。松田さんとのユニット、CSC、MOGAMIという3つの編成があるのとちょっと似てるのかもしれない。
──ソロで弾き語りをするのは、最近ではちぐをさんのライヴで何曲か唄ったくらいですよね。
S:ギターは4曲くらいが限界だからね。それ以上やると破けるから(笑)。肉体的なハンデがなければ一彦や花田みたいに1人で弾き語り倒すと思うんだけど、そのハンデがなければ俺はきっと音楽をやってなかっただろうし、必要としなかった気がする。だから今は自分のハンデに感謝してるよ。
──今年の野音ですが、残念なことに井上さんは不参加なんですね。
S:それは去年から言われてたんだよね。来年の野音が8月だったら無理だからとウチの事務所には伝えてあったみたいで。今回のMOGAMIのレコーディングが終わった時に、「次に会うのは来年になるのかな?」って井上に言ったら、「でも、野音のライヴを見に行くかもしれない」だって(笑)。
──3つの編成を基軸としたライヴ活動、野音を視野に入れた新作のリリース、『Naked Tracks』というパーソナルな作品の制作…この今のペースはこれからも続いていきますか。
S:そうだね。にっこり笑って立ってるためには、これが必要なんだよ。そしてアルバムを聴いてくれた人が、この歌たちの真ん中に立って、自分の景色、映像をつけてくれたら嬉しいね。
鏡雨〜kagamiame〜
01. 鏡雨
02. お前の空まで曇らせてたまるか
03. お前がいなけりゃ
04. 放つ
05. 鬼は外
06. 雨に混ざらず
07. karan
08. Slide
09. Teardrop
10. 今日の全部を
11. 磨りガラス越しのオレンジ
BUG Music UGCA-1023
3,150yen (tax in)
2009.7.15 IN STORES
Naked Tracks〜光へ〜
01. 住人
02. どけ、終わりの足音なら
03. 暦
04. なるようにしかならないが
05. ジョニーデップ以外は
06. Hallelujah
07. karan
08. いつか海を見て
09. Slide
10. 宝物
11. 表に
12. 光へ
13. 磨りガラス越しのオレンジ
BUG Music SION-0001 / UGCA-1022
3,500yen (tax in)
*ライヴ会場での販売とインターネット通信販売(MUSIC-DEPOT)のみの数量限定商品(詳しくはofficial websiteをご覧下さい)
Live info.
190th KIRIN LAGAR CLUB『鏡雨〜kagamiame〜』発売記念Live
“SION-YAON 2009”
出演:SION/松田文/池畑潤二/細海魚/藤井一彦/清水義将
公演日:2009年8月8日(土)
会場:日比谷野外大音楽堂
OPEN 17:30 / START 18:00 *雨天決行
料金:前売指定席¥5,500(1ドリンク付き)/客席後方B席¥4,500(指定:1ドリンク付き)
*「客席後方B席」は、客席最後部のサイド寄りとなります。
*学割:高校生まで当日学生証提示で¥1,500返金
主催:J-WAVE/協賛:キリンビール株式会社
問合せ:HOT STUFF PROMOTION 03-5720-9999
RISING SUN ROCK FESTIVAL 2009 in EZO
出演:SION & The Cat Scratch Combo
開催日:2009年8月14日(金)・15日(土)
*SION & The Cat Scratch Comboの出演日は、8月15日(土)になります。
会場:北海道石狩湾新港樽川ふ頭横野外特設ステージ
チケット:入場券 ¥18,000 (tax in)
*一日券の販売はありません。
*小学生以下は入場無料(要保護者同伴)です。
問合せ:WESS 011-614-9999(平日11:00〜18:00)
SION official website
http://www.bug-corp.com/bug/sion/top.html
URIKICHI & SION website
http://www.interq.or.jp/rock/sion
SION MySpace
http://www.myspace.com/sionofficial