今、この瞬間にしか表現できないもの。
4-WAY SPLIT盤『The Best New-Comer Of The Year』リリース!!
Ken Yokoyama、ALMOND、DRADNATS、SpecialThanksによるスプリット盤『The Best New-Comer Of The Year』が到着。発起人は、もちろん横山健。新世代のバンドとの“共演”は、2008年に2度のメンバーチェンジを経て、ここにきてようやく新体制が整った彼にとっても、大きな刺激になったようだ。新生・KEN BANDの初レコーディングの手ごたえから、バンド論、パンク・マインドの在り方など、じつに興味深い話を聞くことができたと思う。(interview:森 朋之)
この瞬間を切り取っておかないともったいない
──若い世代のバンドと一緒にスプリット盤を作るというアイデアは、どんなふうに生まれてきたんですか?
「いくつかのアイデアが合わさって、今回の形になったんです。まず、スプリット盤をやりたいっていう気持ちはあったんですよ。でも、ありきたりなものにはしたくないし、それは面白くないなって思っていて、それとは別にPIZZA OF DEATHで若手だけのオムニバスをやりたいっていうアイデアもあったんです。その中から、将来的にPIZZA OF DEATHでアルバムを出せるバンドを見つけようっていうことでは全然なく、“若手シリーズ”みたいなものができるといいな、と。でも、オムニバスを出すには相当数のバンドに参加してもらわなくちゃいけないじゃないですか。それは労力だなって思ったし、実際のところバンドの数も自分の頭の中では揃わなかったんですね。今回のスプリット盤は、そのふたつのアイデアを合わせた感じですね。」
──今回参加したバンドとは、交流が深いんですか?
「いや、そんなことはないですよ。たとえばDRADNATSですけど、ギター・ボーカルの柳澤君は、僕らが使ってるスタジオで働いてたんですよ。そういう意味では何年も前から知ってますけど、バンドマンとしての付き合いはここ1年くらいですね。」
──スタジオでデモを渡された、とか?
「そうです、そうです。でも、それは聴かなかったんですけどね(笑)。“バンドやってるんだ。まあ、そんなこともあるよな”って思って、そのままライブラリーの一部になってしまって…。」
──いきなりデモテープを渡されることって、けっこうあります?
「そりゃあ多いですよ。ときにはフー・ファイターズのCDを渡されたこともあります(笑)。フー・ファイターズがアコースティックアルバムを出したじゃないですか。それがすばらしかったから聴いてほしいっていう。こういうアルバムを作れ、っていう意味かもしれないけど。で、DRADNATSですけど、それからしばらくして、4曲入りのCDの白盤が送られてきて、それを聴いてみたらすごく良くて。こんなに良いんだったら、最初に渡されたやつも聴いておくんだったと思ったんですけど、その後すぐに自分たちのライブのゲストに呼んだんです。新潟のライブにも一緒に来てもらったりして、交流を深めた感じです。」
──では、ALMONDは?
「ギター・ボーカルのtetsuyaはもともとNOBのギタリストで。NOBが不慮の事故で解散を余儀なくされたあとで、tetsuyaがハードコアタイプのバンドを組んだんですけど、そのバンドと一緒に甲府でライブをやったのが始まりですね。それからメールのやりとりなんかも続いていて、あるときに“メロデックがやりたくなって、新しいバンドを組んだ”っていう連絡があって、その音源もすごくカッコ良かったんです。うっとうしいくらい熱いバンドでしたけど。」
──2007年10月の結成だから、まだ1年半くらいですね。
「そうなんですよ。最初に聴かせてもらったデモテープには2曲しか入ってなかったんだけど、どっちもすごく良かったんです。こういうメロディを作れる人なんだなって思いましたね。」
──ALMONDは最初、今回のスプリット盤に参加するかどうか迷ってたらしいですね。
「いちばん渋ってましたね。tetsuyaはキャリアもあって、いろんな音源を出したり、いろんな会場でライブもやってきてるんですけど、ベースとドラムは若いから、“鍛えなくちゃいけない”っていう気持ちがあったと思うんですよ。でも、僕から見たら“鍛えるも何も、しっかり形になってるじゃん”っていうのがあって。バンドって、そういうふうに考えるやつが多いんですよ。“もうちょっと音が固まってから”って。」
──納得できる形になってから音源を作りたい。わかるような気がしますけどね。
「でも、ALMONDの場合はすでにすごくいい感じだったし、この瞬間を切り取っておかないともったいないって思ったんです。だから説得して、参加してもらったんです。」
──そういう判断って、バンドの中にいると出来ないものですか?
「わからないと思いますね。バンドをやってると、壷を作る職人みたいな感じというか、“理想に到達するまでは…”みたいになることがあるんですよね。でも、なかなか到達できるものではないし、あとになって“なんであのとき、あんなに肩に力が入ってたんだろう?”って思うことが多いんですよ。」
──横山さん自身も、そうだったんですか?
「僕はもともとストイックな人間じゃないから、そうでもないんですけどね(笑)。もちろん、レコーディングのときに“もうちょっといけるはずだ”って思って、何回も何回もやったりはしますけど。でも、作品自体、そのときの自分を映す鏡だと思うんですよ。レコーディングして、リリースした作品がまた新しいところに自分を連れていってくれるとも思ってます。もちろん、下手さ、未熟さを痛感することもある。でも、そうやってバンドは伸びていくんですよね、いろんな考えがあると思うけど。」
──ALMONDの音源は2曲とも、まさに“今、この瞬間にしか表現できない”という生々しさがりますよね。
「そうですね。次にレコーディングするときは、こういうフィーリングは出てこないだろうし、本人たちは“稚拙で恥ずかしい”って感じるかもしれないけど。そういえば、原爆オナニーズのTAYLOWさんが僕に言ったことがあるんですよ。たとえヘロヘロのギターでも、10年後に愛せればそれでいいじゃなかって。そういうことだと思うんですよね、僕も。」
──聴いてる人にとっては、そういう音源こそが貴重だし。
「うん、それに100人いれば100通りの受け取り方がありますからね。やってる本人とまったく同じように受け取る人はいないだろうし、だから他の人が“うん、いいんじゃない? OK”って言えば、やってみればいいんですよ。バンドはもっとカジュアルになるべきだと思いますね。肩ひじを張ってたら、何も進まなくなっちゃう。」
──そういうことって、若いバンドとも話すんですか?
「話しますよ。若いヤツほどストイックだったりするし。もちろん、自分の人生をかける大事な時期だからなんですけど…。でも、思うんですよ。人生なんて自分ひとりの意思で進むことってほとんどないんです。誰かにジャマされたり、そのことによって意外と良い方向に行ったりすることがたくさんあるから、僕もそんなに責任を持たずに言っちゃうんですけどね。たとえば、仮にALMONDが“そのスプリット盤の音源は失敗だった。あれからバンドの空気も悪くなって、もうやめたい”ってことになっても、僕は責任を感じない(笑)。もちろん、そうならないことを祈ってますけどね。」
──その心配はないと思いますが(笑)。もうひとつのバンド、SpecialThanksについても教えてもらえますか? 女の子ボーカルでポップな感覚もあって、ほかのバンドとは手触りが違いますよね。
「実際にライブを見たのは昨年の7月かな。僕、BILLY NO MATESっていう、スナッフのダンカンと一緒にやってるバンドがあるんですけど、そのツアーで一緒にやったのが最初です。その前に音源は聴いていて、僕らのあいだで話題になってたんですよ。すごく発音のいいボーカルだなって。しかも、高校生らしいよって。」
──発音も発声もすばらしいですよね。バンドサウンドの中で、気持ちよく突き抜けていく強さがあって。
「そう、とにかくボーカルが抜群なんですよ、このバンドは。ライブ自体は、パンクバンドのライブとはちょっと雰囲気が違ってたんですけど、“チャンスがあったら、一緒にやりたい”っていう気持ちは強かったですね。ボーカルを除いては男の子で、その中でベース君がリーダー気味なんですけど、彼はすごく盛り上がってくれたり。まだ22か23くらいなのかな。孫世代ですね、僕にとっては。」
──孫世代(笑)。じゃあ、横山さんにとっての子供世代っていうと…。
「HAWAIIAN6くらいが子供世代で、その下は孫です(笑)。」
──やっぱり、考え方も違う?
「違いますね。ちょっと飛躍した話になっちゃうけど、パンクっていう言葉の意味も違うだろうし。僕らがバンドを始めた頃って、バブルもバンドブームも終わっていて、どのバンドもメジャーに行ったとたんにカッコ悪くなっちゃってたんです。だから、自分たちでやらざるを得ないっていう状況だったんだけど、今は全然違いますからね。今はインディーでもカッコいいレーベルもあれば、そうでないレーベルもある。メジャーにいてもちゃんと機能してるバンドもあるし。インフラ自体が違うんですよね。」
──やりやすくなってる半面、目指すべき場所が見つけづらくなってるのかも。そういえば、昔は雑誌なんかでも“パンクとは?”みたいな話題がよく出てましたよね。
「今はないですよね、そういうの。広がり過ぎちゃって、収拾がつかないっていうのもあるだろうけど。それこそ、ある人にとっては“70年代のイギリスの労働者階級じゃないと、パンクの本当の意味はわからない”ってことだろうし。日本に入ってきた時点で、違うものになってるっていう。ある人にとっては、たとえばマイ・ケミカル・ロマンスがパンクって言うかもしれないしね。」
──パンクを定義すること自体、意味がなくなってる。
「僕なんてずっとパンク、パンクって言ってるわけだから、収拾をつけなくちゃいけない立場なのかもしれないけど。ただ、それぞれが自分にとってのパンクとは何か? ってことは、ちゃんと作り出さないといけない時代なのかなっていうのはありますね。自分のパンク・マインド的にこれはOK、これはダメ、とか。そして、それがどこに根ざしているか。そこいらが一番大切なんじゃないですか。だから僕は、アコースティックで弾こうがメタリックに弾こうが、全部パンクだと思ってて…ちょっと話が逸れてきちゃいましたね(笑)。」
──もうちょっと、逸らしてもいいですか(笑)? そういう話って、若い世代のバンドはわかんないですよね?
「そうですね、誰もわかってくれないです(笑)。僕らはオリジナルパンクの世代ではないですけど、その人たちの息吹を感じられた最後の世代だとは思うんですね。ちょっと年上の人で“クラッシュになりたい”って言ってる人もいましたからね。リアルタイムでクラッシュを知って、“これしかない”って思ってる。もちろん、それもひとつの在り方ですけどね。」
──個人的には'90年前後、メロディック・ハードコアと呼ばれるバンドが登場した時期を境にして、パンク に対する考え方って大きく変わったと思ってます。もうこれは個人的な質問なんですけど、たとえばグリーン・デイが出てきたとき、横山さんはどう思いました?
「そのころはもう、僕らも必死こいてバンドやってましたからね。グリーン・デイはすごく受け入れることができたし、これが今の時代のパンクなんだって思いましたよ。バッドレリジョン、NOFXはちょっと上の世代だけど、ノー・ユース・フォー・ア・ネーム、ラグワゴンあたりのバンドには共通点も感じてましたね。同じようなことを考えてる人がいるんだなって。」
──うん。
「ただ、僕らよりもあとのバンドに対して、もちろん全部が全部ではないですけど、じつは拒絶感もあって。彼らのほうが斬新な発想を持ってるのかもしれないけど、自分の理解を超えちゃったっていう感じはありますね。」
新体制のKEN BANDとしては初の音源を収録
──なるほど。すいません、スプリット盤のことに話を戻したいんですが、“KEN YOKOYAMA”としてもすごく意味のある作品だと思うんですよね。KEN BANDは昨年、メンバーが2人代わっているわけだし。
「そう。今回の曲が新体制での初音源なんですよ。まだ新人ですかね(笑)。」
──じゃあ、『The Best New-Comer of The Year』というタイトルは、あながちジョークというわけでも…。
「いや、それはジョークなんですけど(笑)。そこはもう、自分は25年もやってるんだっていう自負もあるし。メンバーが代わったからって、“1から出直し”っていうわけでもないんですよね。さっき言ったみたいに、そこまでストイックではないので(笑)。KEN BANDも5年になるし、ベース のJun(Jun Gray/元Kenzi&The Trips、Bad Messiah)さんは44歳ですからね。さすがに新人とは言えない。今、大リーグに清原が行ったとしても、“新人”って感じじゃないでしょ。それと同じようなもんです。」
──(笑)昨年はなかなかレコーディングできる体制が整えられなかったと思うんですが、その間、フラストレーションはたまりませんでした?
「たまりましたね。昨年わかったんですけど、メンバーが代わると、その空気を察知して新曲をガーッと作りたくなるタイプなんですよ。ギターのミナミちゃん(Hidenori Minami/元Kemuri)が入ったときにそれを感じたんですけど、その1ヵ月後くらいにベースのサージから“やめたい”っていう話があって。自分の中でどんどんアイデアは出てくる、でも、サージと一緒に新しい曲を作るわけにはいかない。それはすごくフラストレーションでした。」
──じゃあ、今回収録された楽曲は、Junさんが加入してから作ったんですか?
「うん、そうです。『You're Not Welcome Anymore』なんてまさにそうで、以前だったら、ああやってベースから始まる曲なんて考えられなかったですから。サージ とJunさんではスタイルがまったく違うんですよ。サージは指弾きだったけど、Jun さんはピックも指も両方できるから、ピックで弾いてもらってるんですね。だからコードもガンガン弾いてくれるし、僕がそういうベースが好きだってこともわかってるんですよ。“おまえ、こういう派手な感じが好きだろ?”って。」
──手ごたえがありそうですね。
「ありますね。最初に音を出したときから、“ようこそ、KEN BAND へ”っていう感じだったから。ミナミ ちゃんもそうだったんですけどね。」
──すばらしい。メンバーの交代がそこまでスムーズに進むことって、なかなかないんじゃないですか。やっぱり、バンドにとっては大事件というか。
「ホントに。でも、思うんですけど、他のことでも同じなんですよ。お店で働いていても、会社でサラリーマンをやっていても、人との関わりの中で仕事をやることに変わりはないというか。同僚が変われば、会社の空気も変わると思うんですよ。でも、サラリーマンの人たちは、そんなことでイチイチ文句を言ってられないですよね。みんな、バンドの場合は腫れ物に触るように扱うけど、バンドだから特別だとは思いたくない。世の中のどんな人、どんな場所でも起こりえることだから。」
──そんなに崇高なことじゃないよ、っていうことですか?
「そうですね。もちろんね、どこかに“これは崇高なことなんだ”っていう気持ちもあるとは思うんです。作り出すっていう作業だから、そういうふうに思ってないと成り立たないところもあるだろうし。でも、そういうことはあえて無視して、“人が集まってやってることだから、いろんなことがある”と思っていたいんですよね。ミュージシャンは、そういう部分で甘えてる連中が多いんじゃないですか。」
──リスナーもそうですけどね。やっぱりオリジナルメンバーじゃないと、っていう思いも根強いし。
「うん。まあ、でも、リスナーはいいと思いますよ、いろんな意見があって。僕らだって、いろいろ言うじゃないですか。この電車は乗り心地が悪いとか、車にしても“このパーツは、前のほうが良かった”とか。それと同じようなもんですよ。いや、同じではないかもしれないけど(笑)。」
──そういう考え方って、昔からですか?
「いや、20代のころはもっと必死だったし、考えも浅かったから。やっぱり、今の立場になってからですよね。いくつかのバンドを扱うレーベルの社長でもあり、自分のバンドを率いてソロプロジェクトをやってる人間でもあるっていう。」
──ふたつの視点がある、と。発想や考え方も切り替えも必要ですよね?
「でも、それほど切り替えが必要ってことはないんですよ。起きた物事に対して、どう対処していくか。それを判断するのは、自分だけなんで。会社の問題は社会的なことであって、そっちはそっちの筋の通し方がある。バンドはもっと繊細というか、人と人との関わり方そのものが大切になってくる。あるとしたら、それくらいの幅じゃないですかね。会社を始める時はいろいろありましたけどね。法務局だ銀行だって、これは大変だ! って(笑)。でも、そこで形ができてしまえば、意外とやっていけるもんだなって。もちろん、まわりのスタッフがそういうふうに取り計らってくれてるところも大きいんですけどね。」
──でも、今の立場だからこそ見えてくるものってありますよね?
「そうですね。なんかね、バンドをやってる人間って甘っちょろいなって思うことがあるんですよ。」
──お、そうですか。
「うん。60年代、70年代から活動してる先人たちは、今もキャラが強烈じゃないですか。強烈な人だけが残ってると言えるかもしれないけど、それは“他には行く場所がなかった”っていうことでもあるんじゃないかなって。僕、ギタリストの内田勘太郎さんと仲良くさせてもらってるんですね。すばらしいギタリストだし、頭もいいし、人の気持ちにも敏感なんですけど、普通の社会人としてやっていけるか? っていったら、そうじゃないと思うんです。」
──音楽に選ばれた、っていう感じがありますよね。
「今って、そうじゃないと思うんですよね。就職しようか、バンドやろうか。バンドってお金になるかな…そこまでじゃないにしても、数ある選択肢のうちのひとつというか。そういうバンドは、音楽的なことはともかく、気持ちの面で質が落ちるんですよ、やっぱり。…って、なんかオジサンの説教みたいになってきたな(笑)」
──いやいや(笑)。KEN BANDの次の展開は、どうなりそうですか? 新体制でのニューアルバムに対する期待も高まってると思いますが。
「まだスケジュールは決まってないですけど、年内には始めたいと思ってます。ただ、まだペースがそこまで上がってないんですよね。」
──制作のペースということですか?
「はい。3rdアルバム(『Third Time's A Charm』)は前任ベーシストのサージとのコラボレーションっていう色合いが強いんですよ。彼がいなくなったことで、1st.アルバム(『The Cost Of My Freedom』)の頃に戻す必要があるなって感じていて。つまり、バンドではあるんだけど、楽曲の大元は自分ひとりで作らなくちゃいけないっていう。もちろん、新しく加わったJunさん、ミナミちゃんもすごくいい発想を持っているし、プレイも達者なんです。ただ、僕が投げかけてくるのを待ってくれてるんですよね。そういうところで、次のアルバムに向けた曲作りにてこずってるんですよ、今は。」
──試行錯誤の時期というか。
「ただ、これは最近よく言ってることなんですけど、横山健の作品としての純度は高まっていくと思うんですよね。メロディ、コード・チェンジ、歌詞の題材と使いたい言葉。そういうものを全部、自分で選んでるわけですから。」
──本当にやりたいことと、今現在の表現が問われることになりそうですね。激動の2008年を経て、そこで培ったものを表に出していくというか。
「はい、まさにそれが、もっともやりたいことなので。まだ曲はできてないんだけど、最終的にはすごく自分で気に入るアルバムになるんじゃないかって気がしてるんですよ。」
──楽しみです。5月にはスプリット盤リリースに合わせたツアー“The Best New-Comer Of The Year Tour”もあり、5月24日の渋谷O-EASTでは全4バンドが揃いますね。
「どのバンドがどうつながってるのか、僕もよくわかってないんですけどね(笑)。交流の場を作りたいって思ってるわけでもないし…。でも、たとえばDRADNATSとALMONDがライバルバンドになったりしたら、おもしろいですよね。バチバチにやればいいじゃん!って(笑)。」
The Best New-Comer Of The Year
Ken Yokoyama, ALMOND, DRADNATS, SpecialThanks
PZCA-45 / 1,750yen(tax in)
レーベル : Pizza Of Death
4.15 IN STORES
01. Warmth Of Your Hand / DRADNATS
02 .Find the truth / ALMOND
03 .You're Not Welcome Anymore / Ken Yokoyama
04 .Fu-Fu / SpecialThanks
05 .Don't Know Why / Ken Yokoyama
06 .Alone / DRADNATS
07 .LOST YOUR ROOM / SpecialThanks
08 .BACK HOME / ALMOND
Live info.
"The Best New-Comer Of The Year Tour"
5.08(fri)広島 CLUB QUATTRO
act: Ken Yokoyama / ALMOND
5.11(mon)心斎橋 CLUB QUATTRO
act: Ken Yokoyama / ALMOND / DRADNATS
5.12(tue)名古屋 CLUB QUATTRO
act: Ken Yokoyama / SpecialThanks
5.24(sun)渋谷 O-EAST
act: Ken Yokoyama / ALMOND / DRADNATS / SpecialThanks
PIZZA OF DEATH RECORDS official website
http://www.pizzaofdeath.com/