ギター バックナンバー

小谷美紗子('08年09月号)

小谷美紗子

音楽家としての資質がより剥き出しになったトリオ編成、その集大成


すべては必然の累積。この3年間、ピアノ、ドラム、ベースというトリオ編成によるシンプルに研ぎ澄まされたサウンドを中心に活動してきた小谷美紗子のベスト・アルバム『Odani Misako Trio』を聴くと、ふとそんな言葉が頭をよぎる。メジャーを離れ、苦境に立たされるなか自らプロデュースを務めた『adore』からトリオ編成が始まるが、そのきっかけはメジャー最後のオリジナル作品『night』で知己を得たドラマーの玉田豊夢であり、彼が絶大な信頼を置くベーシストとして山口寛雄を連れてきた。ふたりの存在は小谷の頭の中で行き場を失くし閉じ籠もっていた音を解放し、その後の『CATCH』、『Out』でも至上のアンサンブルとして帰結する。内なる情念の爆発は出色の楽曲として昇華し、小谷の創作活動はまるで水を得た魚のように自由度が増した。玉田と山口との出会いを含め、やはりすべては必然だったのだろう。このベスト・アルバムにはそんな蓋然が必然になる進化の過程と、何者にも侵されない自由な表現、そして風化とは無縁の豊饒な歌がたっぷりと詰まっている。(interview:椎名宗之)


『極東最前線2』でのイースタンユースとの共演

──本編の話に入る前に、小谷さんが参加されたイースタンユース主宰のオムニバス・アルバム『極東最前線2』についてお伺いします。『Out』に収録されていた「東京」を“イースタン小谷.Ver.”として再レコーディングするのは、小谷さんからのリクエストだったそうですね。

小谷:はい。あの曲はもともと、吉野(寿)さんに唄ってもらえたらいいなと考えていたんですよ。『Out』のレコーディングでもゲストで参加して欲しかったくらいなんですけど、バタバタしていてオファーするチャンスを失ってしまって。それで『極東最前線2』の話を頂いた時、結成20周年のお祝いとして新しく曲を作るのもいいなとは思ったんですけど、せっかくの機会なので「東京」をイースタンと一緒に演奏するのはどうかとこちらから提案してみたんです。

──吉野さんにインタビューした時、「楽譜の読み方がいまいちよく判んないから、耳コピと見よう見まねで何とか演奏した」と仰っていましたけど(笑)。

小谷:ははは。全然そんな、大変なイメージはありませんでしたけどね。

──話によると、レコーディングの1週間ほど前にVAPのイースタン担当のディレクターから「演奏する曲を変えてもらえませんか?」と小谷さんのマネージャーに連絡が入ったそうですね。演奏するのが難しいという理由で(笑)。

小谷:ホントですか? そんなこと聞いてないですよ(笑)。

──今更曲は変えられないということで、その後に猛練習したんじゃないでしょうか(笑)。

小谷:アレンジが出来た段階で私もリハスタに入って、イースタンと一緒に1日だけ練習したんですよ。その時に「こんな感じのアレンジです」って聴いて、全然バッチリだと思ったんですけどね(笑)。

──小谷さんの「東京」とは同名異曲のイースタンの「東京」を聴いて、どう感じましたか。

小谷:イースタンユースがやる曲であれば何でも好きなので、もちろん好きですよ。吉野さんからは「新しい曲を『東京』っていうタイトルにしようと思うんだけど、いい?」って訊かれて、「全然いいですよ」って答えましたけど。

──小谷さんの唄う「東京」はビルとビルの間に太陽が挟まって窮屈に見えるという街の歪さが描写された物悲しい曲ですが、イースタンの唄う「東京」は街に棲む有象無象がひとつの秩序の下に収まっているからこそ面白いという肯定的な曲で、その対比も面白いですよね。

小谷:うん、そうですね。

──小谷さんの「音」(『Then』に収録)、イースタンの「矯正視力〇・六」(アルバム・ヴァージョン)に次いで両者の共演はこれで3回目だから、レコーディングは阿吽の呼吸といった感じでしたか。

小谷:…と私は思ってるんですけどね(笑)。楽しくレコーディングできたし。イースタンユースっていう固まったバンドに私ひとりが乗っかるので、急に4人のバンドになれるわけじゃないけど、凄く新鮮ですよ。そんなにしょっちゅうレコーディングを一緒にやってるわけじゃないから、純粋に面白いですよね。ピアノ・トリオの時はギターがいないし、他のギタリストとは弾き方もだいぶ違うし。

小谷美紗子 玉田 山口

「Who」を再レコーディングした意義

──確かに、吉野さんのギター奏法は独特ですもんね。そんな有意義なコラボレーションを経て、今回トリオ編成のベスト・アルバムが発表されることになり。その先行シングルとして「Who」を再レコーディングされたわけですが、これは『ゴンゾウ〜伝説の刑事〜』というテレビドラマの主題歌に起用されたんですよね。

小谷:はい。そのドラマの脚本家である古沢良太さんという方からラブコールを頂きまして。私の音楽をずっと聴いて下さっていたみたいで。まだ直接お会いしたことはないんですけどね。「Who」自体は2年前に発表した曲で、これまでも夏フェスやらツアーやらで何度も演奏しているので、曲自体が身体に染み付いているんですよ。その固まった感じでもう一度レコーディングする機会があるならやってみようと思ったんです。

──アレンジも大きく変えることなく。

小谷:全く変えてないです。

──「時代のはじっこで叫ぶ」という歌詞の通りに唄い続けてきた歌が、テレビドラマの主題歌という言わばメインストリームに乗るというのも面白いですね。

小谷:そうですね。はじっこからの叫び声がちゃんと誰かに届いたのは本当に嬉しいです。

──「How」という真っ新な新曲は、いつになくシンプルなメロディと凛とした歌声が力強く響く佳曲ですね。小谷さんのセルフ・ライナーノーツによると、「去年、3枚目のtrio albumを出した後こういう曲を書こうと思っていた」とのことですが。

小谷:胸に秘めた願望は包み隠さずに、歌の力を借りて大声で叫んでみようって言うか。『Out』を作り終えた後、テーマは何でもいいから自分の中にあるものをまっすぐ出していこうと思ったんですよ。まぁ、歌詞の面では今までもずっと出してきたんですけど、音楽家として芸術的にこだわりたい部分をトリオ作の3枚の中で充分にできたので、次に書く曲はもっと判りやすく、自分の中から出たまんまみたいなものを書いていこうと。

──ただ、小谷さんの仰る判りやすさというのは、トリオ作で言えば『CATCH』における「Who」や『Out』における「YOU」のようなアルバムのリード・チューンでも遺憾なく発揮されていたと思うんですが。

小谷:私の中では「Who」にしても「YOU」にしても、“こう書くと違うふうに捉えられるな”とか“この言葉を変えたほうが伝わりやすいな”とか、ちゃんと自分の中で整理をした上で形にしていたんですよ。聴く側の立場を意識した段階を踏んでから出すって言うか。でも、今回の「How」はそんな段階も飛び越えて、ごくごくありのままなんです。手直しもほとんどしてないので。

──推敲なんてしゃらくせぇや、っていう?(笑)

小谷:いや、それはそれで楽しいですよ(笑)。スタッフから「この部分はこんな言葉に変えたほうがいいんじゃない?」と言われても、それが自分でも納得の行くものだったら推敲する作業も楽しいですし。

──トリオ作の3枚を経て、いい意味で図太くなれたということなんでしょうか。

小谷:そうですね。あの3枚のアルバムで自分のやりたいことを散々やってきましたから。研究的なことをトリオでだいぶ追求できたと思うし、それがある程度完成したので、もう“何でも来い!”みたいな感じですね(笑)。

切望し続けていた佐藤準との再共演

──しかも、この「How」ではセカンド・アルバムの『i』以来11年振りに佐藤準さんとのコラボレーションが実現して。

小谷:準さんとはずっと再共演したい気持ちがあったんですよ。途中、ライヴを一緒にやったことはあったんですけどね。

──小谷さんがブログで佐藤さんのことを“プロフィールのいらない本物の音楽家。私が最も尊敬する音楽家”と最上級の言葉で表現されていましたが、佐藤さんの凄さとは具体的に言うとどんなところですか。

小谷:うーん、なかなか一言では言い表せないですけど…。やっぱり、耳がいいってことですよね、自分よりも。私は音響オタクではないけど自分で耳がいいと思ってるし、たとえばミックスの時でも「ここ、ちょっとおかしいんじゃない?」と思ったところが的を得ているという確信があるんです。でも、準さんは私が全然聴こえてないところも更に聴こえている方なんですよ。音楽家で一番重要なのは耳だし、その部分で準さんは断トツに素晴らしいんです。

──「How」での佐藤さんのストリングス・アレンジは雄大さがあって、歌を邪魔することなく過不足ない効果を上げていますよね。

小谷:うん、仕上がりには凄く満足してますよ。

──レコーディングは、この11年の間に独自で培ったものを佐藤さんにぶつけてみようという感覚でしたか。

小谷:いや、そういう感覚でもないんですよね。“私、成長したでしょ?”みたいなことを言いたいとも思わない方だし、私のことを全部判っているだろうし。準さん自身が私のことを凄く認めてくれているので、こうしてまた会えて共演できたことがとにかく楽しかったんです。

──小谷さんが願い続けた佐藤さんとの再共演が呆気ないほどスムーズに実現して、「願いごとは時に大きな声で叫んでみることも必要だと、改めて思った」そうですが、普段から願望は心の奥底に追いやってしまいがちですか。

小谷:どうだろう。まぁ、ちゃんと言う時もありますけど、たとえば大物のミュージシャンと共演したいとか、言っても無理だろうなって思ったら言わないし。(村上)ポンタさんが叩いて下さったら凄く合うような曲が出来たとしても、予算やスケジュールの都合を考えて難しいようなら諦めますよ。私はソロでやってるわけだし、「このドラマーじゃないとできない」ってことは言いたくない。そのこだわりのほうが強いですね。特定の誰かのプレイじゃなくても、違うやり方で絶対にいいものにするっていう。だから決して妥協ではなくて、無理は言いたくないだけなんです。わがままは割と通させてもらってますけど、要はバランスですよね。

──この「How」は今後の小谷さんの方向性を暗示している曲だとも言えますか。

小谷:そうですね。前からトリオ+ストリングスっていう形をやりたかったんですよ。それが「How」で実現して、しかもアレンジは準さんに手掛けてもらって、トリオ編成で3年間頑張ってきて良かったと思いましたね。

──シングルには「Who」の“Piano Duo”も収録されていますが、原曲の美しさがより際立つインストゥルメンタルですね。

小谷:最初は“Piano Duo”のレコーディングをしようと思っていたわけじゃなくて、レコーディングの前の日にピアニストの梶木良子に電話して、「ちょっと明日空いてる?」って訊いたんです。「私が弾いて、その後にまたピアノを被せるんだけど、4本の手で弾いてるものをシミュレーションしておきたいから手伝ってくれない?」って。「もしかしたらドラマのサントラとかに入るかもしれないけど、弾くのは私だから大丈夫」と。それでそのままレコーディングしちゃったんですよ(笑)。

──実に巧妙なやり方ですね(笑)。

小谷:こっちの業界のことは判らないし、レコーディングに何故ヘッドフォンをしなくちゃいけないのかをまず説明しなくちゃいけないような人なので(笑)。彼女は小学校からずっと同級生で、一緒に音楽の勉強をしていたんです。彼女が持ってるまっすぐなクラシックの資質が欲しかったんですよ。私のレコーディングだからちょっとポップっぽくしてみようとか、そういうことはして欲しくなかったんです。

トリオ結成の原点となった激しい憤り

──トリオ編成のベスト・アルバムの話に移りたいんですが、玉田豊夢さん(ds)、山口寛雄さん(b)との至上のトリオ編成を組む前は、音楽を表現する上で行き場を失っていた時期なんですよね。それをバネにしてトリオに発展していったという。

小谷:そうですね。『night』(2003年5月発表)をEMIから出して以降、メジャーを離れたじゃないですか。それで、自分が曲を書いてもCDが出ないかもしれない状況になったわけですよ。せっかく自分自身は調子がいいのに勢いを止められてしまって、この野郎! と思ったんです(笑)。

──実際、曲も次々と出来ていたんですか。

小谷:いや、調子がいいと言っても、私は多作じゃないので。ただ、曲作りのペースが早かったんですよ。その頃はEMIのスタッフとも凄く仲良くなれていたんですけど、やっぱり外資系の企業はシビアなんですよね。だからストレスはいっぱい溜まっていたけど、そういう大人の事情も理解できたし、私がプロとしてちゃんと音楽をやれる状況がないなら別に唄う必要もないなと思って。でも、そんな当分は休むんじゃないかっていう時に、吉野さんとかいろんな人たちがイヴェントに呼んでくれたんですよね。

──“ta-ta”としてイースタンの二宮友和さんやブッチャーズの田渕ひさ子さんたちと『feather』(2003年10月発表)というカヴァー集をリリースしてみたり、新たな人脈が増えていった時期でもありますよね。

小谷:まぁ、ひさ子ちゃんとは長いんですけどね。私が『i』を出した10年くらい前からライヴを見に来てくれたりしていたので。

──ひさ子さんはナンバーガールとしてデビューする前、福岡にいた頃から小谷さんの大ファンだったんですよね。

小谷:そうなんですよ、嬉しいことに。だから以前から交流はあったんですけど、私に時間的な余裕が出てきたんですね。それからいろんな人たちとの繋がりが生まれたんです。自分でも他の人のライヴをよく見に行ってたし。

──泥濘に足を取られて、そこからはどうやって這い上がっていったんですか。

小谷:私の凄く好きなミュージシャンの人たちがいろんなところで私の音楽を褒めてくれていて、単純にもったいないなと思ったんですよ、自分自身が。こんなに格好いい人たちにいいと言ってもらえる自分をこのままにしておくのはもったいない、って。だからもうちょっと頑張ろうかなと思ったんです。

──ということは、このまま音楽活動自体をやめてしまうかもしれないところまで行っていたわけですか。

小谷:そうですね。私は“音楽がないと生きていけない”みたいな人間じゃないし。ただ、どれだけ落ち込んでも不思議と自信だけは消えなくて、たとえば路上ライヴを続けていれば、また誰かが声を掛けてくれるだろうっていう自信があったんです。だから焦りは余りなかったんですよね。私をほっときやがって! っていう気持ちはありましたけど(笑)。

──そうした自分を見放した人たちに対する憤りの感情が、ピアノ、ドラム、ベースというトリオ編成を組む原点としてあったわけですね。

小谷:うん、そうですね。

──ギターを採り入れる発想は最初からなかったんですか。

小谷:なかったですね。たとえば、私の大好きな小倉博和さんと一緒にアコースティックな感じで演奏するのは好きなんですけど、メジャーを離れた当時は精神的にも興奮していたんです。そんな状態の楽曲にはアコースティックなものよりも、もっとガツンとしたものをやりたいと思って。それに、ピアノとギターは基本的にケンカをすると言うか、音がぶつかってしまうんですよ。佐藤準さんがプロデューサーだったらケンカしないようにうまくできるんでしょうけど、自分自身でプロデュースをすることになって、そこまでの知識も技術もないと思ったので、まずはベースとドラムだけで行こうと。でも、それが結果的に一番良かったんですよ。

小谷美紗子

ライヴの流れを意識したベスト・アルバムの選曲

──『adore』、『CATCH』、『Out』の3作からベスト・アルバムを紡ぎ出す作業は至難の業ではありませんでしたか。それぞれ7曲という収録数だし、できればオリジナル・アルバム単体で聴いて欲しいという思いがあったりとか。

小谷:まぁ、もちろんオリジナル・アルバムも聴いて欲しいですけど、取っ掛かりとしてこのベスト・アルバムを聴いてもらうのもいいのかなと。選曲はそんなに悩まなくて、実際に考えたのは1時間くらいですね。オリジナルの7曲という曲数は私にとってはちょうどいいんですけど、曲数がいっぱいあるアルバムがまだなかったので、それを作れるいい機会だなと思って。だから、1枚でちゃんと流れのあるベスト・アルバムにすることを一番に考えていましたね。

──トリオになってからの楽曲は特に1曲の濃さが半端じゃないですから、オリジナル・アルバムの7曲収録というのは腹八分なんでしょうね(笑)。

小谷:仮に『Out』の時の「mad」みたいな曲がもっと書けるんだったら、10曲とか12曲とかあってもいいと思うんですけど、今の小谷美紗子というアーティストにとっては、7曲くらいがフル・アルバムとしてちょうどいいんですよ。仰る通り、1曲1曲が凄く濃いし、どれをシングルにしてもらってもいいと思って書いているので。

──ライヴのセットリストを意識した選曲にも思えますね。最後のほうの「YOU」、「Rum & Ginger」、「消えろ」という流れはライヴの本編最後で、最後の「雨音呟く」がアンコールのようで。

小谷:そうですね。ライヴの曲順みたいにしようと思ったんです。曲順を考えるのは楽しかったですよ。4曲目まではガツガツ行く感じにして、途中にトリオのうねりみたいなものが見える曲を入れて、「mad」みたいな箸休め的な曲を入れて…。まぁ、箸休めになるのかどうか判らないけど(笑)。

──「mad」は英詞の清々しいサウンドですけど、唄われていることは“何処へ逃げようとも追いかけてつかまえてやるし、何処へ逃げようとしているかも知ってるけどね”という背筋の凍る内容ですからね(笑)。

小谷:確かに(笑)。選曲はそんな感じで、もしトリオで3年掛けて1枚のアルバムを作っていたらこのベスト・アルバムみたいになっていただろうし、これでやっと落ち着けた感じはありますね。

──トリオ編成になって、ライヴでも表現がより剥き出しになった印象がありますが。

小谷:自分でもガラッと変わった意識はありますね。デビューした頃は年に1回ツアーをやるだけでも大変だったんですよ。それはグランド・ピアノの移動の問題とかもあったんですけど。当時はまだ音楽バブルみたいなものが残っていたので、「せっかくロスでレコーディングしたんだから、ロスでレコーディングしたメンバーとツアーを回りたい」なんてことを私も平気で言ってたし(笑)。でも、そういう発言が非現実的じゃない雰囲気だったんですよね。で、本当にロスから呼ぼうとしたんですけど、マイケル・トンプソンとかあの辺のミュージシャンたちが「海外ツアーの時は家族も連れて行かなきゃいけない」ってことで、それじゃかなりの大所帯になるので断念したんですよ。

──確かに、トリオ以前はグランド・ピアノを用意できるか否かでライヴが制限されていましたよね。

小谷:用意するのは大変ですからね。それで夏フェスに出られなかったこともあるし。でも、トリオになってそういう制限がなくなったんです。豊夢君とヒロ君は、私にとってグランド・ピアノなんですよ。私が一番弾きたいフルコンサートっていうおっきいピアノがあって、ふたりがいるとそのフルコンサートのダイナミズムが生まれるんです。それがあって、私も今まで弾けなかったCPっていう電子ピアノも弾けるようになったし、トリオになってからはまずライヴの本数が凄く増えましたね。あとやっぱり、自分でもライヴをやっていて終わるのが早いんです。ひとりで弾き語りをやっていた頃は自分でも長いなぁと感じていたんですよ。

ライヴの在り方を変えたCPの存在

──それは凄く意外ですね。

小谷:でも、弾き語りの時は11曲くらいしかやってないんですよね。アンコールを入れても12曲程度で。お客さんからしたら“エーッ! もう終わり!?”っていう感じだったと思いますけど(笑)。普通、怒られますよね。アンケートに「もっとやって欲しいです」と書かれたことはありましたけど、不思議とそれでも許されていたんです。1時間にも満たないライヴだったのに(笑)。

──やっぱり、CPの導入がライヴの機動力に拍車を掛けたということなんですね。

小谷:幅がグンと広がりましたよね。昔はクラシック・ホールじゃなければまずできなかったし、クアトロやAXでやるにしてもフルコンサートを入れないと無理でしたから。CPは私が生まれてちょっとしたくらいの楽器なんですよ。今はもう製造中止になったんですけど。

──そもそもCPを使おうと思ったきっかけは何だったんですか。

小谷:私の義理の兄が大阪でライヴハウスをやっているんですけど、そこにCPがあったんです。私がエレピの中で唯一弾けると思った楽器だったんですよ。ただ、音が普通のエレピ以下だったので最初は眼中になかったんですけど、CPの音じゃない音を出す機械(音源モジュールをMIDIで接続)があって、それを繋げるとグランド・ピアノに近い音になるんです。

──でも、その機能がどれだけ優れていても、実際のグランド・ピアノの音とは雲泥の差なんですよね?

小谷:それはもう全然違いますよ。CPを使ってひとりで弾き語りをするのは絶対にイヤだし。ベースとドラムがいればOKなんですけどね。CPは鍵盤のタッチがグランド・ピアノに近いですが、全く別の楽器という感じですよね。ひとりの弾き語りライヴは何かをステージの上で共有できない代わりに凄く自由だし、アンサンブルも何も気にせずにやれるじゃないですか。だからこそちゃんと低音も高音も出さなくちゃいけないし、真ん中の音は更にふくよかじゃないとダメだし。そういう確たるこだわりが自分の中にあるのに、低音がカラッカラに乾いたピアノに当たることが多かったんです。伴奏の役目すら成していないっていう。そういうストレスが常にありましたね。かと言って自分の気に入ったピアノを買って、それを全国に持ち運ぶっていうわけにもいかないし。そんな時にCPを再認識して、トリオの場合は1台のピアノで全部こなせなくても、あのドラムとベースがあればフルコンサートの代わりになるんですよ。

──玉田さんと山口さんとの関係性は、今やいちミュージシャン以上の堅い絆で結ばれているように思えますけれど。

小谷:そうですね。だから凄く言い方は悪いですけど、私の楽器みたいな感じですね(笑)。

──ははは。作品もライヴも小谷さんのソロ名義ではありながらも、実際のステージやPVを見ると3人の力関係は常に対等じゃないですか。だから、正式なバンド名こそないけれど、このトリオは紛れもないバンドだと思うんですよ。

小谷:まぁ、グランド・ピアノがPVにも映ってるような感じですよ(笑)。それくらいふたりは素晴らしい楽器なんですよね。だからPVも私と同じようなカット割りで見せたいんです。ちゃんとドラムもベースも鳴っているのに、ピアノの弾き語りしか映らないのはイヤなんですよ。目で見てもピアノ・トリオの演奏が聴こえてくるようにしたいんです。

小谷美紗子 玉田 山口

音楽はあくまで娯楽である

──玉田さんが一番信頼しているベーシストが山口さんだったじゃないですか。その玉田さんはメジャー最後の『night』で知り合ったわけだから、すべては必然だったのかもしれませんよね。

小谷:そうなんですよね。だから、全部が全部必要なことだったと思いますね。EMIの前にお世話になっていたユニバーサルと今回のベストでまた一緒に仕事ができていることも凄く嬉しいし、幸せなことにデビュー当時のアーティスト担当の方とも未だに交流が続いているんです。私がユニバーサルを離れた後もメールのやり取りをしたり、ライヴを見に来てくれたりとか。EMIの方とも同じように交流があるし、そうやってメーカーという枠を飛び越えて私のことをずっと応援し続けてくれる人たちのためにも、絶対に売れなきゃなと思いますね。

──売れる売れないに関しては、小谷さんの場合、それほど気にしていないような印象がありますけど(笑)。

小谷:いやいや、ある程度は気にはしますよ(笑)。「How」の中でも“夢は20歳で捨てた”って唄ってますけど、私はデビューすれば100万枚以上必ず売ってもらえるものだと思ってデビューしたんですよ。まぁ、あの歌詞にはいろんな意味があるんですけどね。とにかくCDを100万枚売るのがレコード会社の仕事でしょ? って思ってたし、だからこそ宮津っていう京都の山奥から私を連れ出すんでしょ? って思ってましたから。だから、デビュー・シングルの「嘆きの雪」のセールスが5、6万枚と聞いた時は、詐欺! って思いましたもん(笑)。

──僕は決してセールス至上主義ではないですけど、売れることはやっぱり凄く大事だと思いますよ。身を削って形にした表現の対価として正当な利益は得て然るべきですし。

小谷:結果的に売れようが売れまいが、無償で自分の聴きたい作品を作らせてもらえたのはラッキーだったと思うんですよ。それは基本的な考えとしてあるんですけど、プロとしてはそれを売る努力もちゃんとしなきゃいけないんですよね。でも、売るために自分の信じている音楽を曲げるのは本末転倒だし、そこがブレなければ売ることには最大限協力するべきだと私は思いますね。まぁ、こうしてもう12年もやっていると、売れたらラッキーっていう感じですよね(笑)。

──セールスの動向も大切だと思いますが、それよりもライヴでのオーディエンスの反応のほうが気になりますか。

小谷:気になると言うか、反応はないよりもあったほうがいいですよね。反応が小さくても演奏はしっかりとしなくちゃいけないのは当然なんですけど、拍手が大きいほうがやっぱり興奮しますよね。アーティストも人間ですから。競馬場に行くと急に目の色を変えて興奮してしまう競走馬のように(笑)。反応が大きければ、ステージ上のミュージシャンの立ち上がりも早いですから。この間のライジングサンの時も凄く大きな声援をもらって、出たくて出ているイヴェントだったこともあるし、奇跡的に素晴らしい空間だったと思います。

──少々話が逸れますけど、先ほど小谷さんが仰った「私は“音楽がないと生きていけない”みたいな人間じゃない」という発言が意外だったんですよね。表現ができなくなった途端に事切れるようなイメージを勝手に抱いていたので(笑)。

小谷:はははは。そんなことないですよ。まぁ、全く表現しなくなるのもつまらないだろうなと思いますけど。今までも苦しいことや憤りを音楽にすることで自分を救ってきたし、その曲を聴いて元気になった人がいてくれたのは素直に嬉しいことなんですけど、音楽がないと生きていけないっていうのは凄く嘘くさいじゃないですか。そんなはずないし、仮に音楽がなくても人間は絶対に生きていけると思うんですよ。だから迂闊にそういうことを言いたくないし、あとやっぱり、音楽はあくまで娯楽だと思っているので。

個の感情が普遍的な楽曲へと昇華する瞬間

──僕はてっきり、小谷さんにとっての音楽は生きる術なんだと思い込んでいましたが…。「Rum & Ginger」のような辛辣な歌を娯楽と呼ぶには余りに直接的すぎるのかなと(笑)。もちろんメロディだけでも秀逸な楽曲だから、充分に娯楽として成立していますけど。

小谷:「Rum & Ginger」を作った時はもの凄い精神状態で、それこそ殺してやりたいみたいな感情が渦巻いていたし(笑)、その時点では全然娯楽ではないんですけどね。ただ、大きな視点から見ると、人間が生きていく上で必要なもの…寝ることや食べること、愛することに比べると、事柄の順序を付けていけば音楽はずっと下のほうだと思うんです。そういう意味でも娯楽という言葉を使ってるんですけどね。

──確かに人間の三大欲求や衣食住と比べたら音楽という娯楽はなくてもいいのかもしれませんが、娯楽が生活を豊かなものにするという事実は揺るぎないですよね。

小谷:うん、そうですね。

──小谷さんの歌に自分自身を投影する人は多いだろうし、本物の歌だからこそ、かつて在籍したメーカーのスタッフも仕事に関係なく小谷さんの活動を応援し続けているんでしょうね。

小谷:凄く嬉しいことですね。実際に仕事はもう一緒にできないんだけれども、節目の時に「頑張ってね」とエールを贈ってくれるので。その人たちとちゃんと向き合えてやってこれてたんだなと思うし。そういうことが一番、音楽よりも何よりも重要ですよね。

──小谷さんの楽曲は極めて個人的な感情が創作の原点だと思いますが、それを娯楽に昇華させる点で気に留めているのはどんなところですか。

小谷:曲を書けた瞬間に私はもう元気になってるんですよ。いい曲が書けた喜びがありますから。だから、私を裏切ってくれてありがとう、って言うか。あの時の裏切りはこの曲が出来るためにあったんだなと思えるんですよね。そんな前向きな気持ちが曲の雰囲気やアレンジに出てくるんですよ。私の曲に、落ちっぱなしで上に上がっていこうとする意志を捨てたものは1曲もないと思うんですよね。それは意識してそうしていると言うよりも、いつも自然とそうなりますね。それは凄く重要なことだと思います。

──だからこそ、楽曲として完成した時点で小谷さんのパーソナルなものが聴く人すべてのものになるんでしょうね。

小谷:だと思います。いい処方箋を見つけたから使ってみてよ、っていう感じですかね。私はこれで治ったよ、この草は効くよ! っていう(笑)。

──今後は音楽に興味や執着のない人でも自然と口ずさめるような曲も書いてみたいとセルフ・ライナーノーツに書かれていましたが、それは「嘆きの雪」から一貫しているような気がしますけど。

小谷:親しみやすい曲だけを書きたいわけじゃないんですよ。いわゆるJ-POP好きな人には全く理解してもらえないけど、ライターさんであったりバンドの人だけに理解される曲っていうのもやっぱり面白いんですよね。そういう曲も書いてみたいし、と同時に、作曲とは言えないほど簡単なメロディも今は唄っていても面白いんです。それをトリオで演奏しても楽しいし。

──「眠りのうた」(2000年9月発表)なんて、大人でも子供でも口ずさめるシンプルで素晴らしいメロディだったじゃないですか。

小谷:うん、だから今までもシンプルな曲作りはやろうとしていたんでしょうね。「眠りのうた」を書けた時は、ミュージシャンとしてのこだわりも、誰かに届けたいというプロとしての気持ちも、両方持ったまま自分がいいと思える曲を書けた自負があったんです。

──トリオ編成として疾走し続けてきたこの3年間は、小谷さんにとってどんな時期だったと言えますか。

小谷:やっぱり、ようやく自分の楽器を見つけたっていう感じなんですよね(笑)。そこに何かを足していくのは構わないんですけど、元の楽器自体をなくすことは一切考えてません。もちろん、曲によっては違うドラマーやベーシストにプレイして欲しいものも出てくるかもしれませんけど、ピアノとドラムとベースという編成が私にとって一番しっくり来るんです。豊夢君とヒロ君はこれからいろんな楽曲を作っていく上でどうしても必要なふたりだし、それは今更言うまでもない当たり前なことなんですよ。



Odani Misako Trio Discography:2005〜2007

adore
adore

HIP LAND MUSIC HLMCD-0001
2,205yen (tax in)
2005.4.13 release
01. まだ赤い
02. 照れるような光
03. 雨音呟く
04. 割れる笑顔
05. アイシテイルノニ
06. 春遅し
07. 儚い紫陽花

前作『night』から2年の沈黙を破って発表された、初のセルフ・プロデュースによるピアノ・トリオ・アルバム。玉田豊夢(ds)、山口寛雄(b)の他にもbloodthirsty butchersの田渕ひさ子もゲスト・ギタリストとして参加している。アルバム・タイトルは「まだ赤い」の英詞から引用。

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CATCH
CATCH

HIP LAND MUSIC HLMCD-0003
2,205yen (tax in)
2006.5.17 release
01. Rum & Ginger
02. Who
03. 楽
04. 名も無き人
05. 奇跡
06. 雪でもいい
07. CATCH

ピアノ・トリオ・アルバムの2作目。前作より更に進化したピアノ・サウンドに、かつてないほど心の底から音楽を楽しむ小谷の無防備な歌は、確かな自信と手応えを掴んだ最高傑作となった。リード曲の「Who」は“時代のはじっこで叫ぶ”と唄われる、激しくも叙情的な名曲。

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(PC ONLY)
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Out
Out

HIP LAND MUSIC HLMCD-0005
2,205yen (tax in)
2007.6.13 release
01. 消えろ
02. YOU
03. Out
04. 笑う明かり
05. fangs
06. mad
07. 東京

最強のピアノ・トリオによって制作されたセルフ・プロデュース3作目。デビュー以来全く変わることのない、まっすぐで心に響く“うた”に、精力的なライヴ活動でも培ってきた3人の確固たるアンサンブルが加わり、小谷のトリオ・アルバムとしてひとつの到達点に達した作品。

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(PC ONLY)
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Who -08-

new single
Who -08-

01. Who -08-
02. How
03. Who (Piano Duo)
UNIVERSAL MUSIC/A&M UMCK-5216
1,100yen (tax in)
IN STORES NOW

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Odani Misako Trio

best album
Odani Misako Trio

01. Out
02. How
03. Who -08-
04. 雪でもいい
05. 照れるような光
06. 春遅し
07. 楽
08. mad
09. YOU
10. Rum & Ginger
11. 消えろ
12. 雨音呟く
UNIVERSAL MUSIC/A&M
初回限定盤(DVD付):UMCK-9236 / 2,500yen (tax in)
通常盤(CDのみ):UMCK-1271 / 2,000yen (tax in)
IN STORES NOW

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Live info.

『ASYLUM2008』桜坂
11月16日(日)沖縄桜坂劇場ホールA
出演:小谷美紗子、野狐禅、タテタカコ
時間:開場 17:15 / 開演 18:00
料金:全席自由 前売3,500円 / 当日4,000円(入場時別途300円の1ドリンクのオーダーが必要)
問い合わせ先:桜坂劇場 098-860-9555 / ハーベストファーム 098-890-7555

『Odani Misako Trio』レコード発売ライブ 10月28日(火)新宿LOFT
出演:小谷美紗子(ワンマン)
時間:開場 18:30 / 開演 19:30
料金:オールスタンディング 前売3,800円 / 当日4,300円(入場時別途500円の1ドリンクのオーダーが必要)
問い合わせ先:shinjuku LOFT 03-5272-0382

2009年1月、東名阪ツアー決定! 詳細はofficial websiteにて随時UP!

小谷美紗子 official website
http://www.odanimisako.com/



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