『影の無いヒト』という名の歪で美しい現代の寓話
優れたポップ・ミュージックとは、聴き手を選ばぬ大衆性と同時代に対する鋭敏な批評精神が共存しているものである。何も万人に受け入れられる軽さばかりがポップ・ミュージックの本質ではない。ただ口当たりが良く、当たり障りのないことを唄う浮き足立った音楽など消耗品以下だ。ポップ・ミュージックとは軽くて重く、そして歪(いびつ)で美しいものなのである。構想5年、制作期間4年を経て完成したASA-CHANG&巡礼の最新作『影の無いヒト』は、時代の叫びに呼応した歪で美しい作品集である。とりわけ、未曾有の経済危機によって不安と恐怖の坩堝にある現代社会を巧みに描写したかの如き表題曲。その狂気に充ち満ちた妙なる美しさはどうだ。そんな漆黒の闇から一転、スカパラ時代のセルフ・アーカイヴス『ウーハンの女』やバートン・クレーンのカヴァー『家へ帰りたい』で聴かれる柳に風とばかりの飄々とした佇まいはどうだ。絶望の果てにある希望の光明、あるいは歓喜ゆえの嗚咽。対極にある感情や価値観の共存はここでも一貫している。何故か。それこそがポップ・ミュージックの真価だからであり、人間はかくも複雑な感情を内包した生きものだからである。ひたむきに生きながらも必ずや陥るスットコドッコイなエラー感。『影の無いヒト』は、そんな面白うてやがて哀しき人生を風刺した音の出るカリカチュアなのである。(interview:椎名宗之)
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